擬アン

□花
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1.食辛

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お日様が暑いくらいに照らして、マントが溶けそうだ。平和な毎日のパトロール中、山の中の細道で食が手を振っているのが見えた。車を止めて、俺を呼んでいる。食が飛んできたらいいのに、俺は休憩がてら降り立った。

「気づいてくれてよかったです。」

ふわりと笑った顔が、キラキラしていてうざい。

「食は配達中?」

「いえ、今終わったところです。」

「乗っていきますか?」と聞かれたが辞めた。こんなに天気がいいんだ、なんとなくもったいない。

俺達は車と徒歩で町まで帰ることにした。とろとろ走る車の横を歩く。全開の窓から見える食の目線は低い。しばらくすると、山を抜けた。春らしく道端にも、畑の畦道にも花が色とりどりに咲いている。

ばらまかれたように咲いている薄い青い花、背の高く細い紫、地面にどっしりと置かれた黄色い花。その中でも、一番小さい、微かな水色の花。俺はあの花が好きだ。小指の爪なんかよりも、もっと小さい3ミリは花の中心が黄色い。絵の中にある花が小さくなって出てきたみたいだ。

「なあ、この花なんていうんだ?」

一輪そおっと摘み取って食に見せる。食は花に詳しい、花言葉まで知ってるくらいに、詳しい。

「これ、ですか。」

少し考え込んでから、残念そうに解らないと言った。野花は管轄外だった。

すみれ、バラ、れんげ、ガーベラ、おおいぬのふぐり、ポピー、蒲公英。頭に浮かんだ、花の名前を口々に言い合ったが、それは出てこない。

すると余計に気になり出した。

俺達は調度、図書館の前を通る。

「なあ、今から調べにいかねえ?」

自分で言っておきながら、ない。と思っていた。食は吹き出して笑うと、ハンドルをきった。

「いいですね、行きましょう。」


俺は、妙に楽しくなってぐんぐん進んでいく車を追い越し、図書館のドアを勢いよく開いた。図鑑コーナーに行き、「図解 野草事典」を掴んで机にひろげる。早足で食がやってきて、俺の隣で大きな本を覗いた。

見つけた、薄い空色、まっ黄色。

「キュウリグサ ムラサキ科 特徴:葉を揉むときゅうりの匂いがする」

俺は手の中にある花を両手で揉んでみる。鼻に近づけるが、土の匂いと、草の匂いしかしない。俺は食に、キュウリ草を伸ばす。食は上品に、科学の授業で習った薬品のかぎかたをする。少し屈んだ顔に右手ではたはたと扇いだ。顔をあげた食と俺は首をかしげた。

「何も匂いなんかしないよな。」

「そもそも、キュウリの匂いがわかりません。」



食は少し考えてから、笑って言った。

「それでは今から、おくらちゃんの家まで行きましょうか。」

俺はまた楽しくなってきて、もうとめられなかった。今更、理科の実験をしている。図解を借りると、食の助手席に乗り込んだ。

おくらちゃんは、たくさんの野菜を作っては町で配っている。俺のカレーの材料をくれるし、食とサンドイッチを作っていた。


おくらちゃんは、今日も畑にいた。俺は車から急いでおりて、少し驚いているおくらちゃんに駆け寄る。

「おくらちゃん、キュウリってある?!」

後ろから食が追いついた。

「キュウリさんは、まだできないわ。」

おくらちゃんは残念そうに首をふった。

そうだ、忘れていた。今は春。俺と食は力が抜けてしまった。それから、何やってんだかとまた笑ってしまった。

大嫌いだった授業も、今やるならおもしろい。知的な食が、隣でふざけるのが楽しい。

帰り道、食は助手席の俺を振り返らずに「残念でしたね。」と言った。食が俺に気を使ったのがすぐにわかった。だって、残念なことなんてなかった。

「でも、キュウリ草なんか知らなかったよな。」

「そうですね、あの小さな花、食パンのように上品でした。」

「ちっげーよ、あの真ん中の黄色がカレーみたいにぴりっとしてたぜ。」

いつもの言い合いで食は、スピードを少しおとした。今度はちゃんと俺を向き直って、目を合わせた。

「あなたといると、楽しいことばかり見つかります。」

俺のせいみたいな言い方が、ひっかかる。

「俺だって、そうだぞ。」

恥ずかしくて、最後の方の声が小さくなってしまった。でも、本当のことだから。食は感激したみたいに、嬉しそうな顔をしたあと、すぐに俺の肩に手をまわした。

くっついた唇。

「愛してますよ、辛。」


食の綺麗な顔がうざったくて、俺はやっぱり、蹴りを入れた。

●おわり●
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