純情

□かたち
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手から滑り落ちる青色のマグカップ。盛大な音をたてて砕け散った。

俺はそのまま動けなくなる。二人で色違いのコップを買ったのは、もうずいぶん昔のこと。

ヒロさんは青で、俺は黒。
ヒロさんが怒るから言わないけど、夫婦茶碗みたいだと思っていたのに。



バラバラになってしまった細かな破片を一つ残らず拾って、近くにあった新聞の上に集めた。

めったにあけない引き出しを、ひっかきまわして接着剤を探した。こめかみにはうっすら冷や汗が滲んでいる。心臓の音がうるさい。

バラバラになった青い欠片を組み立てる。組み立てたところで、元通りにはならないことぐらいわかっているのに、そのままにしてはおけなかった。

「・・・痛っ。」

鋭い破片が人差し指を切り裂いた。ポタポタ血が新聞に落ちて、赤い斑点が広がっていく。

完成した茶碗は予想よりもひどい有様で、今から同じものを買いに行こうかと考えさせるほどだった。

不細工な青色の固まりを前に俺はまた動けなくなる。



「ただいま。」

ヒロさんが帰ってきた。ひときわ大きな音で心臓が鳴る。今日は早く終わるから、ご飯を食べに行こうって言っていたんだ。

隠すのも躊躇われて、そのままなのも悪い気がして、ヒロさんを見つめた。

ヒロさんは俺を見て、「どうした?」って言ってからボロボロの青をみた。目が大きく開いて、悲しそうに揺れて、俺はすぐに「ごめんなさい」と小さな声で言ってしまった。

ヒロさんは俺と目が合うと、部屋を出て行った。

やっぱり傷つけた。謝ったからって全て許されるわけじゃないのに。



ヒロさんが戻ってきた。救急箱を抱えている。隣に座って、俺の左手をとった。

「血、出てんじゃねえか。」

俺の人差し指から流れる血は、まだ止まっていない。

「ヒロさん、ごめんなさい。」

謝ることすらおこがましい。血がでていたって、消毒液がしみたって、許されることじゃない。世界で俺だけはヒロさんを傷つけちゃいけないと思っていたのに。

ヒロさんは大きく肩を落としてため息をはいた。ヒロさんらしくないオーバーな動作。

「コップ割られたぐらいで怒んねえよ。ガキじゃあるまいし。」

これはヒロさんの優しさだ。

人差し指に絆創膏がまかれる。

「あーもう!そんな顔すんな!」

ヒロさんは立ち上がると、食器棚から俺のコップをとった。「離れてろよ」と言うと、そのまま手を離す。重力の力をかりてコップは砕けた。

蛍光灯の光を反射してキラキラ輝いている破片の中心にヒロさんは立っている。

「これでいいのか?」

足をそのままに首だけで振り向いた。俺は突然のことに驚いて声が出ない。

「自己犠牲なんか、全然かっこよくないぞ。」

ヒロさんはそろそろと破片から抜け出して、椅子に座る俺を見下ろす。



腰に手を当てて、大学助教授のヒロさんが俺に教えてくれた。

「俺はお前にだけは寛大なんだからな。」



ガラスの破片と、不細工なコップの前で、ヒロさんは顔が真っ赤だった。

可愛い、可愛い、俺の恋人。

たまらなく愛しくて、抱きついたら服に血がつくと殴られた。

俺は急いで止血して、またヒロさんを抱きしめる。

不器用なヒロさんが俺にはぴったりなんだ。


●おわり●

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