純情

□かんちがい
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患者さんの流れがやっと途切れて、ふと携帯を見てみるとヒロさんから着信があった。

ヒロさんは最低限の連絡事項しか絶対に自分から電話なんてしてくれない。

なにかあったのかと、急いで電話をかけてみたけれど、なかなかとってもらえなかった。

どうしたのかな。

夜になって、今日も帰れなくなった。深夜になっていつも通りの俺からの電話をした。夜勤が決まり、時間が空くといつもそうしている。

ヒロさんは必ず三回目で電話をとってくれる。必ず。だから電話の向こうで、ずっと待っててくれているのかな、なんていつも想像して嬉しくなる。

「もしもし。」

どきりとするほど、悲しそうな声だった。

「ヒロさん、昼間に電話くれましたよね。何かあったんですか?」

ヒロさんは、黙ってしまって、それからすぐに「なんでもない」と言った。ヒロさんは嘘をつけない人だ。

何度も何度もきいては、はぐらかされてを繰り返した。根負けしたのはヒロさんの方。

「何があったんです?」

「・・・だから、その、笑うなよ?」

俺に何度も念を押してから、ヒロさんはぼそぼそ話してくれた。

「怖いくらいに独りで生きていけたんだ。」

とても悲しそうな声が小さく落ちてくる。けれど、ヒロさんの言う意味がわからない。

「野分に会えないのは、しょうがないと思う。お互い仕事なんだから、俺は納得してる。もうずっと長い間こうだけど、俺は耐えられなくなってお前に会いに行くとか、泣きつくとかしたことがない。このまま我慢して、そしたら、俺たちはどうなるんだ?」

今にも瞳から涙が落ちそうに、震える声。押し付けられる愛しい言葉。ああ、ヒロさん。この距離が憎らしい。

「寂しかったんですね。」

「はぁ?」

泣き出しそうな声は、すぐに不機嫌なものになった。

「だって、これって、寂しくて電話してくれたんですよね。」
ヒロさんは声がつまって、次の言葉が出てこない。

「我慢なんてしないで下さい。俺、ヒロさんから電話してくれるとすごく嬉しくて、それだけで仕事頑張ろうって思えます。」

深いため息。

「お前は本当に馬鹿だな。」

「なんですか、それ。」

電話の向こうからくすくす笑い声が囁く。ヒロさんの顔がすぐに浮かんだ。


寂しい思いをさせてしまってすごく悲しかった。そのくせ、こんなに嬉しいと思えてしまう自分がいるから申し訳ない。

さんざん笑った後にヒロさんは「俺もそうとう馬鹿だな。」と呟いた。



電話を切った後、それがお土産みたいに俺の中に残って消えなかった。

何度も何度も思い出して、その意味を考えている。



あんな告白、きっと世界中で
ヒロさんしかできないだろう。

●おわり●

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