純情

□中学生みたいな
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数日前から自転車から錆びついた鈍い音が聞こえていた。それが今朝、ついに壊れてしまった。大きな音を立てて切れてしまったチェーンを見て体中から力が抜けた。自転車のチェーンってきれるんだ。ここから病院までだいぶあるけど、歩くしかない。時間に余裕があることだけが、せめてもの救いだった。

昼間のうちに自転車屋さんに電話して修理を頼むと、修理の間用の自転車を貸してくれることになった。それは後ろに荷台がついている、所謂ママチャリ。

まぁ、そんなことにかまうような自分じゃないから、貸してもらえるだけでありがたかった。

今日は、家に帰れる。ヒロさんに会える日なんだ。

夜の11時。やっと帰れることになった。いつものマウンテンバイクじゃないから、なんだか慣れない。

アパートから見える光に、すぐに足が速まった。

家に帰るとヒロさんは、ソファで本を読んでいた。明日は土曜日だから、俺が帰るのを待っていてくれたらしい。

「ねぇヒロさん、今からコンビニ行きませんか?」

「は?」

ヒロさんは、ちゃんと夜ごはんを作っていてくれていた。もちろんそれが食べたくないなんてわけじゃない。

「明日は俺、夕方から仕事なんです。だから今日は飲みませんか?」

俺はうまい嘘を並べて、ヒロさんを誘導する。

「ビールと、なにか美味しいおつまみ買いに行きましょう。」

本当にそれだけが目的なら、俺が帰りによってくればいいだけのことだ。

「お前がのみてぇなら、しかたないから付き合ってやるよ。」

二人で同じ玄関から家を出るのは、いつも嬉しくなる。俺が鍵をかけるのをヒロさんはいちいち待っていてくれるから俺はたまらなくなる。

誰もいない広い道の真ん中へ、自転車をおして。

「ヒロさん、後ろ乗ってください。」

さっきから「お前なにやってんだよ。」とか「まさか」とか聞こえていたけど、全部聞こえないふりをして自転車にまたがった。実は一度やってみたかったんだ。でも、こんなことしたらまた「ガキ」って言われそうで、でも、自分の欲求に勝てなかった。

「お前はアホだろ。どこに男と二人乗りしたい30近い男がいるんだよ。」

なんて言ってるヒロさんを何とか説得して後ろに乗ってもらった。

よくあるドラマみたいにヒロさんは、どこを持てばいいのかわからないらしく、そろそろと俺の肩に手をのばしてきた。ちゃんと腰に手をまわしてほしかったけど、まだ今は言わなくてもいいや。


「それじゃ、行きますよ?」


最初のうちは、ふらふらして何度もこけそうになったけど、要領をつかむと自転車は二人の体重に押されてすいすい進んでいった。

「俺、自転車乗るの久しぶりだわ。」

「涼しくて気持ちいいですね。」

「だな。」

俺は、感動していた。
俺がペダルをこいでヒロさんを運んでいることに。すごくシンプルだけど、頭の悪い俺にはこれが1番わかりやすかった。

俺が進むから、ヒロさんも進むんだ。

しばらくなんとなく二人とも無言で、お互いなにかをかみしめていた。

ふいに俺の肩にあるあつい手に、ぎゅっと力がはいった。

「ヒロさん?」

自転車は坂道をすべっていく。

背中にヒロさんのおでこがぶつかった。こんなとき、振りむけないのは、つらい。

「野分、帰りは俺がこいでやる。」

ヒロさんの腕がゆっくりゆっくり俺の腰にまわされた。こそぐったくって笑ったら、バランスが崩れて二人でわーわー叫んだ。

そうこうしてたら、コンビニを追い越していて、せっかくとりもどしたバランスがなんだかもったいなくなって直線をそのまま進んだ。

ヒロさんは「どこ行くんだよ!」なんて、片手で俺を殴るからまたバランスが崩れてわーわー叫んだ。

いい年した男が二人、誰もいない広くて暗い夜道を自転車でつっきていくのは、わくわくして楽しかった。

そのへんをだいぶ遠回りして、やっとコンビニについた頃には二人とも汗だくで、「ビールなんかよりもポカリにしましょう」なんて部活気分。

幸せすぎてどうすればいいんだろう、って思っていたら、ヒロさんは前かごにポカリを投げ込むと俺を置いて自転車をこぎ出した。いたずらっぽく笑いながら「お前は走れ」なんて言った。ヒロさんのこんなに楽しそうな顔を見たのは久しぶりで、さっきまでの疲れがふっとんでしまう。



全速力でヒロさんへかける。

角をまがったところで、ちゃんと待っていてくれるヒロさんを今すぐにでも抱きしめたくってバカみたいに走った。




帰り道、どうしてもヒロさんがこぐと言ったけど、俺はなんとか自転車を奪い取った。

かっこつけたい俺をヒロさんは知らないふりをしてくれる。


●おわり●

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