純情

□ぽつり
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泣くなんて行為は、かっこ悪い以上に鬱陶しい行為だと思っていた。


言葉が伝わるってのは、実は本当に難しいことだと知ったのも確か泣くことについてこう考えるようになった頃からだった。

言葉が伝わるってのは、英語がどうとかって意味じゃない。思いが伝わってそこから相手が何か行動をおこせるかどうかってことだ。思いが伝わったなら、言葉で、行為でそうだと伝えなければならない。言葉を言うのは簡単だが、伝えるのは難しい。そういうことだ。

ぐだぐだと、頭を回転させたところで、俺の涙は止まらない。

野分はきっと困っている。違うな、面倒なことになったと、そういう顔をしている。

だから見れない。怖い。鬱陶しいやつになりたくない。スマートにしていたい。野分の重荷になりたくない。

脳の中全てが、この行為を否定しているのに、やっぱり涙は止まらない。無理にこらえようとするから、汚い嗚咽まで出てきてさらにかっこ悪い。

どうしたらいいのか、もうわからない。一番なりたくない人間になっていく。

「ヒロさん、」

なんて声をかけたらいいか、困っている。そんな声だ。気を使われたくなんかない。

「ごめんなさい。」

謝らせたいわけでもない。

「野分。」

大きな体が近づいて、すぐに息さえ野分のあったかな服に吸い込まれていく距離にちかづく。

「ヒロさん、本当にごめんなさい。」

こんなに近くにいるのに、言葉にしないと伝わらない。

「謝るなよ。」

だからって、黙ってほしいわけじゃない。

「ヒロさん、俺ヒロさんのこと大好きなんです。なのに、こんな、泣かせたりなんかして。」

俺は野分の背中に腕をまわす。もっと近づきたいと。

こんな面倒な俺を、呆れるでもなく、嫌がるでもなく正直に謝ってくれるやつがいる。そんな信じられない、2LDKのアパートの世界。
「野分、ごめん。」

泣き顔なんて見あきてる野分のことだ。うまいこと、あやされただけかもしれない。

でも、もういい。

俺が否定する全部の俺を、こいつが拾いあげてくれる。

大事なのは、口下手な俺が、どうやって野分にそうしてやれるかだ。大事なんだって伝えられるかなんだ。

好き、なんて言えない俺の言葉たち。

使えないカードを全部捨てて、俺は唇を野分の頬にくっつける。




●おしまい●

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