君と見た空
□始まりの合図
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side heroine.
ぬらりひょんはいつ京へ入るのか。
二人はいつ出会うのか。
"原作"が始まるその時を、ずっと待っていた───。
その日、珱の力を求めてやってきたのは、体中に黒いしみのある少年だった。
この少年には見覚えがある。
ついに来たのだ、その時が。
「絶対大丈夫。必ず治るから」
珱が少年に手をかざすと光が現れ、しみがスゥッと消えていく。
その横で歓声を上げる少年の両親と思わしき人たち。
暗い顔をする珱。
それに対し、手に入れた大金に目をギラギラと輝かせる父。
その全てを、襖の陰から見ている私。
なんて光景なんだろう。
私にも珱と同じように不思議な力があり、水を操ることができる。
でも、珱のように人を救うためには使えないから。
この力は何のためにあるんだろうって、そんなことばかり考えてしまう。
珱の治癒能力は、戦いのある妖怪任侠の世界では大いに役立つだろう。
なら、私の力は?
水を浮かせたり、雨の日に濡れなかったり、そんな程度。
…珱に甘味でも持っていこうと、その場を離れた。
向かったのは台所。
珱と違い、父は私のことはあまり気にかけない。
その分、屋敷の内外を比較的自由に歩き回ることができている。
「姫様、何かご用でしょうか?」
台所で仕事をしていた女中たちが、私に気づき声をかけてきた。
『えぇ、プリンをちょうだい』
「はい。お二つでよろしいですか?」
珱の為に作っておいたプリンだが、実は数はそこそこある。
その内の二つを受け取って、残りは家の者たちで分けてもらうことにした。
珱の部屋へと向かうにつれ、騒がしさが増していく。
声を聞く限り、父や是光がいるようだ。
──妖でも入ったのだろうか。
そういえば、あの少年を治療した後、珱は生き肝信仰の妖に襲われていた。
…是光が来て、助かるはずだが。
少し待ち、部屋の中に静けさが戻ってから声をかける。
『…珱、いる?』
「はい、姉様」
部屋へ入ると、既に妖の死骸もなく、父も是光もいなかった。
でも、妖が切られたこの部屋で何かを食べる気にはならないだろう。
『私の部屋で食べない?』
お盆の上の器に乗ったプリンを見せる。
女の子は世界共通で甘いものが好きだというが、それは珱も同じで、甘味に顔を輝せる彼女が好き。
「わぁ、ぷりん!食べたいです!」
『じゃあ、行こっか』
「はいっ」
私の持つプリンに笑顔で頷いた珱。
これで珱の気持ちが少しでも晴れてくれるのなら。
やっぱり珱は、笑顔が一番似合うから。
「あの娘…」
襖のわきにいた妖が零したその一言に、私が気付くことはなかった。
to be continued... (back)