黒子のバスケ(短編)

□緑色の傘H
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家に入れば、暖かい光を発した電気に迎えられた。

「これ使って」

笠無から渡されたタオルで頭を拭き、
案内されたリビングで、鞄と制服を干してもらうことになった。


「中身全然濡れてないのキセキだね……」

「俺のエナメルなのだから当然なのだよ」


そういうと、「何それ」と笑われた。


「次は濡れた犬みたいな真ちゃん洗わなきゃね」

「俺は犬ではない」

「蛙だもんね」

「蛙でもない」


いつまでひっぱるのだよそのネタ。


「お風呂こっちだよ〜」


そういってパタパタと消える笠無。


……はしゃいでいる子どもみたいなのだよ。

付いていけば、綺麗に片付いた洗面所に連れて行かれた。


「ここに脱いだ服いれてね!
 貸せる服はいとこのお兄ちゃんのしかないけど……」

「なんでもいいのだよ。お構い無く」

「シャワーの使い方わかる?」

開いた風呂場を覗き、

「見たところ、うちのやつと一緒のタイプだ。問題ない」

「んじゃ、こっちがシャンプーでこっちがリンスね」

「髪は洗わない。俺は椿しか使わん主義なのだよ」

「そんなところまでこだわってるの!?」


眼を大きくさせるが、呆れるように笠無が眉の間にしわを寄せた。


「今から試合する訳じゃないんだから我が儘言わないでよ!
 泥だってついてるし…」


笠無が背伸びをして俺の髪を触った。

濡れた髪のせいで、幼さの残る顔立ちには、ほんのりと桃色がついている。

いきなり近づいたそれに、一瞬のことだったが、心拍数があがった。

こんなに近くで顔を見るのは初めてだが、きれいな肌をしていた。

……俺は何を考えているのだよ。


「どうしたの?」

「! 別に何も考えていないのだよ」


それを言った後に後悔した。


(否定はせんが、その言い方では俺は何か考えていたと言っているようなものなのだよ!!)


つっこまれたら何て言おうか考えていたが、無駄なことだった。


「とにかく、ちゃんと洗うんだよ! じゃあ後で服持ってきとくね!」

そう言って、ぱたぱた出ていった


静かになった洗面所で、俺はため息を吐いた。


「……はぁ」

情けないが、さすがに疲れた。









それにしたって、
一体どういった展開なのだよこれは……。

というか、俺より先に笠無が風呂にはいった方がいいのではないか?

一応着替えていたみたいだが、髪は濡れていたし……。


「……早く入ってしまうのだよ」


左手のテーピングを取って、濡れたシャツを脱ぐ。

ぱたぱたと足音が聞こえてきたと思ったら
脱衣場の扉が開いた。


「真ちゃんこれ服とタオル……うきゃっ!?」

勢いよく開けられて、
勢いよく扉は閉じられた。


……何をしているのだよ。


おそらく、着替えを持ってきてくれたのだろう。

待っているが……、一向に入ってくる気配がない。


これ以上先に脱いだらさすがにまずい。

ただの変質者なのだよ。

さっさと入ってきてほしいのだが……。


待ちかねて、俺はドアに向かって声を投げる。

「……おい笠無」


「見てないから! 私は何も見てないのだよっ」



……何も見てないとは一体なんのことなのだよ。


「なんのことかわからんが……タオルと服、もらうのだよ」


なんで俺までぎこちないのだよ。


「後で置いとくから!! 早くはいって……」


今にも消えそうな声が聞こえた。

……何も悪いことをしていないのに罪悪感が残るのはなぜなのだよ。
理不尽だ。

俺は呆れながら残りの衣類を脱いで、風呂場に入った。

風呂場のドアが閉まる音を聞いたのか、
洗面所に#NAME2#が入ってきた。


「こ! ここに置いとくのだよ!!」


裏返った笠無の声が、風呂場のドアを通してくぐもって聞こえる。

だからなんで口調がうつっているのだよ。
というか、こことは一体どこのことだ。


俺は確認するためにノブを回したところで手を止めた。

危うく本当に変質者になるところだったのだよ……!!


「わかったのだよ。ありがとう」

適当に相づちをうつ。


「んじゃごゆっくり!! ちゃんと髪洗うのだよ!!」


ばたばたと足音が聞こえて、消えた。

……忙しいやつなのだよ。






と思ったらまた戻ってきた。

「制服もみんな洗っちゃっていい?」

「そこまでしてもらうのは悪いのだよ。ビニール袋でもおいといてくれれば」

「床びっしょびしょだから洗っていいですか」

「…………迷惑、だよな?」

「不覚だが」


……それは俺のマネか?


「何か人事に関係のことだったら言われたらやるから……。制服にこだわってることはあるの?」

(人事関係……験担ぎのことか?)


「……柔軟剤は絶対入れるのだよ」

「わかった。 じゃあ、ちゃんと髪洗うんだよ真ちゃん!」


洗濯機のスイッチ音が聞こえて、笠無の足音が今度こそ消えた。


俺はシャワーの蛇口をひねり、熱湯を体に注いだ。

温度はそこまで高くないはずなのに、今の俺には熱湯に感じる。
しかし、冷えていた体が段々体温を取り戻していくのがわかり、
シャワーの気持ちよさに、勢いのいい水に打たれながら眼をつぶった。


眼をつぶれば、今日の出来事が意識なく浮かんできた。


さまざまなハプニングはあったが、
色々笠無のことが見えた気がした。

高尾が言っているように、ただの幼女かと思ったが、


(お手伝いのできる小学生に飛び級したのだよ)


打たれるのも早々にやめ、シャンプーのボトルから液体を出す。


「……このシャンプーは」


ものすごく女子のような匂いがするのだよ。


『ちゃんと髪洗うのだよ!』


やっぱり洗い流すだけにしようとしたが、
笠無の声が、脳裏に響いた。


(……今日だけなのだよ)


泡立てると、微かな香りに、誰かの匂いを彷彿と思い起こさせた。


(……笠無と、一緒の……)


急激に、頬に熱さを感じた。
俺は一体何を考えているんだ。


「……今日の俺は変なのだよ」

高尾みたいで気色悪いのだよ!!

本当に風邪を引いたかもしれない。


とっとと髪を洗い流し、さっきより強めのシャワーを体に浴びた。





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