黒子のバスケ(短編)

□緑色の傘@〜D
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「あれ、うりゅーちゃんだ」


昇降口に着くなり、クラスメイトで俺の斜め左上の席の笠無雨柳が、
自分のクラスの下駄箱の前で呆然と突っ立っていた。


「なーにこんなとこで突っ立ってんの」

「高尾! それに真ちゃん!」

「その呼び方はやめろと何度も言っているのだよ」

「傘なくてさ。どっちか多めに持ってない?」



さりげにスルーされたのだよ。
大体バカがふざけた呼び方をするからアホがまねするのだよ……!



「あいにくこっちも緑間の傘しかねーんだわ」

「そっか、残念……」


その言葉通り、残念そうにため息をついた。
確か今日の占いでコイツの星座は1位だったはずだが……。

油断をしているからこうなるのだよ。


「うりゅーちゃんちってどこらだっけ?」

「南商店街の方。走れば20分はかからないんだけど」

「この雨じゃなぁ。他に連れは?」

「みんな部活やら風邪やら委員会やらで同じ方面いなくてさぁ……。
 もうこの際覚悟決めて走るわ」


笠無は肩を落として、ローファのかかとに指を入れた。


「1位だからといって油断するからこうなるのだよ。
 自業自得だ」


靴箱から下履きを取り出しながら言うと、頬を膨らませて笠無がキャンキャン騒ぎ始めた。


「油断してないから! たまたま置き傘ないだけだから!」

「その油断が命取りなのだよ。
 人事を尽くさねば、せっかくの運気もついてくる気になれないのだよ」

「〜〜知るかッ!」

「真ちゃんいくらなんでも命取りは言いすぎだろ」


貴様が笠無のフォローをしても何の説得力もないのだよ。


「まぁいーや……んじゃまた明日ね2人とも」

「え、マジで走る気? やめとけって、風邪引くし危ねーぞ」

「だってもうそれしか」

「……あ。だったら緑間と帰れよ」

「……何?」


唐突に自分の苗字が出てきて反応が遅くなったのだよ。

その顔を見れば、
何を考えているかはわからないが、
確実にろくでもないことを考えているときの笑顔が浮かんでいる。


「何で俺がこいつを送らなきゃなんないのだよ」

「言い方むかつくけど、さすがにそれは悪いよ。
 真ちゃんちって駅方面でしょ? 真逆だもん」

「そこで交渉だ。真ちゃんちょっときて」


高尾は今いる場所から少し離れた場所に行って、手招きした。
一体何を考えているのだよ。


「あ、うりゅーちゃんは帰んなよ! ちょっと待ってろ〜」

「え、ぇぇぇ……」


肯定とも否定とも取れない返事をして、困ったように何度も瞬きをした。





「一体何を考えているのだよ」

「ふつーここで女子置いて帰っちゃダメっしょ」

「知るか。大体お前が傘を持ってきていれば」

「そーいや真ちゃんさ、こないだうりゅーちゃんから消しゴムもらったよな」

「……それがどうしたと言うのだよ」


数週間前の話だ。
小テストだというのに、授業前に高尾に消しゴムを紛失させられていたところを
笠無に新品のをもらった。


「あの時“この例はいずれ何らかの形で返す"とか言ってたよな?
 まだその借り返してないんだろ?」

「言ったがあれは元々お前のせい……」

「今、その借りを返すチャンスじゃねぇ?」

「何?」


借りを返すチャンスだと?
一瞬揺らぎそうになるが、俺は高尾の詐欺師のような口調には騙されんぞ。

「俺を揺らがそうとしても無駄だぞ。
 第一、お前が俺の湯島天神消しゴムを無くしたのがだな」

「借りの一つも返せないなんて、それって人事尽くしきれてなくねぇ?」


人の話しは最後まで聞け!


だが、最後のセリフは聞き捨てならないな。
俺が人事を尽くしきれていないだと?

「……ふん、いいだろう。
 そこまで言われたら引き下がれないのだよ。
 お前に唆されたようで気に食わんが、
 今日のところはその借りに免じて一緒に帰ってやる」

「それでこそ、人事を尽くしてるエース様だ」


満足そうに笑う高尾。

……まんまと策に嵌ってしまったようで、やはり気に食わんな。

「んじゃ、うりゅーちゃんとこ頼んだぜ」


話は終わり、笠無の元へ行く前に。



「お前はどーするのだよ」



先を歩いていた高尾が、ぴたりとその場で止まる。
こちらを振り返るその顔は、面食らったように、一瞬だけ目を大きくさせた。

しかし、すぐに口角をあげる。


「何、真ちゃん俺のこと心配してくれてんの?」

「勝手な解釈をするな。ただ気になっただけだ」

「はいはい……まぁ、どーにかすっから気にすんな」

ヒラヒラと手を振る。
自分のことは何も考えていないようだ。


(お節介焼きも大概にしろ)


「そうか。まあ、お前ならどんなに濡れても風邪を引くことも無いだろうから
 心配は無用だな」

「何それ、遠回しにバカって言ってる?」

「自覚があるようで安心した」

「お前、さっきの俺のちょっとした感動を返せ!!」

「知るか」


眼鏡のブリッジを上げて、また騒ぎ始めた高尾の横を通り過ぎる。
俺たちに気づいて、笠無がこちらを向く。



「待たせたな。さっさと帰るぞ」

「え!? さっきまでやだとか言ってたくせに、なんなのこの開き直り具合は!?」

「仕方ないのだよ。
 この間の消しゴムの件があるからな。
 今日だけ仕方なく一緒に帰ってやるからありがたく思え」

「……ずいぶん上から目線なんですけど」

「いつもの照れ隠しだって」

「なぜ俺が照れ隠しをしなきゃならないのだよ。適当なことを言うな」

「あ、バレた?」


そういってケラケラ笑う高尾の後頭部をどついた。


「痛ってー! 今マジでやったろ!!」

「早く帰るのだよ」

「スルーすんな!」

うるさい高尾を無視して、俺は昇降口の扉の近くへ行く。


「え、本当にいいの? 向き逆なんだよ?」

「今更なのだよ。帰らないなら俺は帰るぞ」

「……んじゃ、遠慮なく……お願いします……」

しばし考えた後、少ししおらしくなった笠無がわずかに頭を下げる。
上げたその顔が少し赤く見えたのは気のせいか。


「あ、ちょっと待ってうりゅーちゃん!」

思い出したように高尾が笠無を呼びとめる。

疑問符を浮かべる笠無の耳元に、高尾は何かを囁き始めた。


(……何をこそこそと……)

自分が見ている前で、そういうことをされるとイライラするのだよ。


「!? な、何言ってんの高尾!!」

「冗談だって。うりゅーちゃん顔まっかっか」


面白そうに笑い始める高尾に、笠無が頭を叩いた。
その顔と耳には少し赤みがある。


「そういうこと今言うのやめてよ!!」

「痛いって! さっきそこ真ちゃんにもぶたれた!
 もっと俺の頭大事にして!!」


その顔は痛みに歪んでいるが、どことなく楽しそうに見えるのは気のせいか。
……気のせいだと思いたい。

(ドMとつるむなんて絶対嫌なのだよ……!)


しかし、そのやり取りが延々と行われそうな気がしたので、
少し苛立ちを感じながら、俺はせかす。


「……行かないなら俺は帰るぞ」

「あ、ごめん! 行きます行きます! 真ちゃん待って!」

「うりゅーちゃん、上履き」
「え? あ……」


上履きを入れ忘れるなんて、アイツは大丈夫なのか。

ケラケラと笑う高尾の顔が、笠無から俺に変わる。
俺にしか聞こえないように、少しトーンを落として言った。


「真ちゃん顔怖いって。何、ちょっと妬いちゃった?」

「一体何を焼くのだよ。意味がわからん」

「いや字違うんだけど……ま、いいや。
 そんじゃ、お姫様頼んだよ。蛙の王子様♪」



最後の部分だけいつもの調子に戻す。
そして意味ありげな笑みを浮かべて、すれ違った笠無に手を振ってどこかに行った。



「誰が蛙の王子だ」

意味がわからない上、今時お姫様とか寒いのだよ。




「……何を笑っているのだよ」

「いや……別に何も」


どうやら、さっきのバカのセリフが聞こえていたらしい。

堪えるように震える肩を見て、俺は自然にため息をついていた。




外に出て、傘を広げると、俺の隣の下のほうから、失礼な声が聞こえた。


「うわ、変な傘!」


「……文句があるなら」


「ないです一緒に帰ってください」


即答。現金な奴なのだよ。

(……それにしても、言うほどそんなに変な柄なのか?)





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