神速の風

□温かみを求めて
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【温かみを求めて…】


寒い…

とても、果てしなく、どこまでも寒い。

疾世
「寒っ、寒いって言うたびに寒さが増していく、」

季節はまだ秋。

秋風が吹き荒れる今日この頃、部活動も終わり下校の生徒達が楽しくお喋りしながら校門をくぐっていく中…

疾世
「何が悲しくて寒空の下、体操着姿で頭濡らしてわざわざ野球部の忘れ物届けてる訳…」

体操着姿と頭濡れてるのは完全に自分が悪いけど!

当番で花壇の水やり中に、まさかホースを踏んでる事に気づかないで…水が逆流して蛇口からホースが取れて軽い噴水ができた時には、すでに全身びしょ濡れ…

すぐに体操着に着替えたはいいけど…その後、野球部と書かれたクーラーボックスを女子寮に帰るついでに野球部へと届けるよう言われていた事に気づく…

疾世
「誰よ、そもそもクーラーボックスなんてもん職員室に置き忘れた奴は、」

なんでも今日と明日とで、マネージャーさん達はお休みらしい

ガラ ガラ

クーラーボックスの中にある氷が虚しく鳴る

そうこうしている間にグランドに到着!

疾世
「誰も居ない」

グランドに行くまでもなく、普段練習している野球部員達の姿がない

このパターンか…

この時間帯でここに居ないとなると、多分部室か…

疾世
「ゔぅ〜さぶい…」

震える体とクーラーボックスを抱きしめながら、私は歩く、部室に向かってひたすら歩く…


ーーーー


沢村
「おい降谷、クーラーボックスどこに置いて来たんだよ」

降谷
「さぁ?」

沢村
「さぁってなんだ!さぁって!」

春市
「英純君落ち着きなよ、きっと職員室だよ。さっき先生に呼び出された時に忘れたんじゃないかな」

降谷
「そういえば、そうかも」

春市
「ほらね」

ギャーギャー騒ぐ沢村と、ぼうっとしている降谷に、それを見守る春市の三人はクーラーボックスを探しに職員室へと向かう

倉持
「ヒャハハ、クーラーボックス持ってくるまで部室には入れねぇからな」

伊佐敷
「一年!さっさといきやがれ、コラッ」

亮介
「十分以内に戻って来ないと、雑用全部やらせるから」

倉持
「亮さんそれ無理っすよ、ヒャハ」

マネージャーが居ない分、必要最低限の雑用はすべて野球部員がやる事になったらしい

沢村
「くっそぉ、お前のせいで俺まで巻き添いをっ!」

春市
「仕方ないよ、元々僕たちが頼まれてた仕事なんだし」

降谷
「雑用全部……」

沢村
「三人じゃ夜までかかるぞ、こうなったら本当に十分で帰ってくるしかーー」

降谷
「でも、校舎までかなりあるよ」

沢村
「やるしかないだろ!」

降谷
「無駄な体力使いたくないんだけど」

沢村
「んだとぉ!!」

春市
「いいから二人とも、行こうよ。」

いまだ廊下で言い争っている二人

御幸
「沢村〜降谷〜、雑用終わるまで投げれねぇからな」

そんな二人に更に追い打ちがかかる

沢村
「なにぃ!!」

降谷
「ガーン」

亮介
「三分経過」

倉持
「ヒャハハ、もう雑用決定だな」

沢村
「まだ分からねぇだろ!」

倉持
「先輩に向かってタメ口聞いてんじゃねー」

すかさず、倉持のキックが沢村へと当たる

そのままの勢いで沢村は文字通り蹴り飛ばされ…

ドン

沢村
「うわ!」

疾世
「きゃ、」

蹴り飛ばされた沢村と部室を目指し廊下を歩いていた疾世が、ぶつかった



疾世
「……寒い中忘れ物届けにきたのに、随分な歓迎の仕方じゃない…」

沢村
「疾世先輩!」

疾世、その名前を聞いて一番最初に反応を示したのは伊佐敷だった

伊佐敷
「あ"、今日はどうしーー」

その時、伊佐敷は気づいた疾世の目が据わっている事に…

疾世
「じゅん…にぃ。」

疾世はターゲットを伊佐敷に絞ると、ゆらっと歩いたかと思えばいきなりスピードをあげ…

伊佐敷
「来るんじゃねぇ!!」

伊佐敷が言い知れない恐怖を感じるのも束の間、疾世は思いっきり抱きついた

疾世
「もう無理無理、寒い!」

伊佐敷
「おま、冷てぇ!離せ、離しやがれ、ゴラァ」

あまりの寒さに耐えられなくなった疾世は、温度を求めてとりあえず一番最初に目があった、伊佐敷へと飛びついたのだった

疾世
「嫌!絶対離さないから、寒いんだもん、」

だが、疾世の手どころか、身体の体温はかなり低く触れただけでも冷たい

伊佐敷
「離れろつってんだろが、」

疾世
「離れないって言ってるでしょ!だいたい私だって、好き好んで男臭くてあごヒゲの無駄に身長でかいうるさい馬鹿に抱きついてる訳じゃないんだから!」

伊佐敷
「だったら離れやがれ」

疾世
「寒いからやだ!」



御幸
「あのー、お二人さんイチャつくなら別の所でお願いしまーす。」

はたからみれば、確かにイチャついてる様にもみえるが…伊佐敷と疾世は付き合ってる訳じゃないし、むしろ兄妹に近い間柄だ。

もちろん、御幸やその他の者達も知っている

伊佐敷
「御幸テメェ、///」

からかいの言葉に伊佐敷は顔を赤らめたが、疾世はそんな事もお構いなしに、抱きつく手を緩めない

疾世
「もうこのさえ、イチャついてようが何だろうがいい!だから女子寮に送って!おんぶして送って!温めて送って!」

伊佐敷
「なっ///」

疾世からすれば、ただ単に寒さからでた言動だが、なにも知らない人間が聞けば戸惑う上に赤面してもおかしくはない

その証拠に、結城と亮介、降谷以外のメンバーは顔を赤くさせる

丹波
「何を騒いでる」

と、そこへ部室から丹波とクリス、増子の三人が出てきた

疾世
「!!」

疾世は絶好の標的を見つけると、目を輝かせ……後ろから飛びついた

増子
「ウガッ」

疾世
「私の湯たんぽ〜」

湯たんぽとしての申し分ない体格の増子に疾世は、即座に伊佐敷から彼へと移り変えた

だが、後ろから飛びついたので疾世の両腕はガッシリと増子の首を締めている

増子
「ウガガガ……」

声にならない悲鳴をあげると、増子の顔はだんだんと青くなっていく…

もちろん、疾世は気づいていない

丹波
「!!疾世離すんだ」

疾世
「ヤダ」

倉持
「馬鹿、お前増子先輩殺す気か!」

クリス
「引き剥がすぞ」

生死を彷徨う辺りまできている増子を助けるべく、皆は慌てて疾世を引き剥がした

ー五分後ー

疾世
「あー、ごめんねマッスー。まさか首締めてるとは思わなくて」

やっと状況を理解した疾世は、とりあえず落ち着きを取り戻し、窒息させかけた増子に謝る

増子
「だ、だい、大丈夫だ…」

降谷
「疾世先輩、髪の毛濡れてますよ。」

疾世
「そうなの、花壇に水やりする筈が自分に水かけちゃって、」

結城
「なるほど。だから震えてるのか」

疾世
「もう寒くて寒くて、本当はすぐに寮に帰ってお風呂に入りたかったんだけど、野球部に忘れ物届けなきゃいけなかったから…ほらそこのクーラーボックス野球部のでしょ?」

沢村
「流石疾世先輩!!いやー、おかげで雑用から逃れる事ができました!」

疾世
「喜んでもらえて良かった」

クリス
「だいたい理由は分かった。……とりあえず離してやったらどうだ」

春市
「///」

疾世は増子から引き剥がされた後、とりあえず一番温かそうな春市の腕を掴み暖をとっている

疾世
「え?いやよ、だってハルちゃんあったかいんだもん、やっぱり心があったかい人は身体もポカポカしてるもんなんだね〜」

亮介
「単に照れて体温があがってるだけだと思うよ」

春市
「//あ、兄貴!//」

亮介
「本当の事じゃん」

御幸
「疾世そんなに寒いの?」

疾世
「当たり前でしょ、」

御幸
「へぇ〜」

疾世
「なによニヤニヤして、心が冷たそうな腹黒メガネに暖をとる気は毛頭ないからね」

御幸
「はっはっはっ、こっちから願い下げだ。が、このままじゃ俺らも雑用仕事出来ねぇし、仕方ねぇからこれやるよ」

言いながら御幸は、自分が使っていたカイロを取り出すと疾世に手を出すよう促す

疾世は一瞬驚きながらもそっと手を差し出した

疾世
「…ありが…とう」

まさか御幸に親切にしてもらうとは思わず、少し小声でお礼を言う

御幸
「ま、効果は切れてるけどな」

ポトン

冷たいカイロが手に渡る

……

御幸
「お前からお礼が聞けるなんて貴重な体験だったな、はっはっはっ」

倉持
(こいつって、時々勇者だよな)

疾世
「……てっつん」

静かに部長である結城の名前を呼ぶ

結城
「む。どうした?」

疾世
「青道の野球部って、皆凄いと思うの。一年生は毎日目標に向かって努力してるし、二年生だって敗北から沢山の事を学んでるでしょ。三年生なんて今までの全部をぶつけて試合に挑んでる…本当に凄いよね。」

低くく冷めた声に結城以外のメンバーは危険を感じた

疾世
「私ね、思うんだ。そんな凄いメンバーが揃った青道なら例えレギュラーメンバーが代わったとしても、やっていけるんじゃないかって。だから…ね、」

黒いオーラをまとった疾世は、春市の腕をそっと離す

疾世
「いまのレギュラーメンバーから1人消えても問題ないよね」

笑いながら恐ろしい事を言い放った疾世は、カイロを片手に振りかぶり御幸……ではなく倉持の顔面にカイロをヒットさせた

倉持
「ぐお!」

倉持はそのみま倒れる

沢村&降谷&丹波
「!!」

投手陣は、素晴らしいコントロールに目を見張る

倉持
「なんで御幸じゃなくて俺なんだよ!」

今の流れでいくと、誰がどう見ても御幸にヒットさせると思っていた

疾世
「なんかくらもっちーの顔みたら、お昼食べられたお菓子の恨みを思い出しちゃって、大丈夫!次当てる時は真っ先に御幸にするから」

テヘッと笑う疾世を見て全員が思った。

食べ物の恨みは恐ろしいと…

御幸
「完璧なストレートだな、はっはっはっ」

倉持
「てめぇ、」

結城
「疾世良ければこれを使うといい。」

疾世
「え?」

結城はどこからか出したマフラーを疾世の首へとかけた

疾世
「ひゃ、ちょ、ちょっと、はずして、くすぐったい、っつ」

結城
「温かいぞ」

疾世
「あははは、だめ、あははははくすぐったいって、」

伊佐敷
「そういや昔から首弱かったな」

首に巻きついたマフラーを取ろうとするが、変に巻きついてしまい余計にくすぐったくなる

疾世
「はずして、あはははは、」

結城
「分かった」

結城は言われた通りマフラーを取ってやる

疾世
「はぁ、はぁ、くすぐったかった…」

笑い疲れた疾世は息を整える

結城
「マフラーなら役に立つと思ったんだが、」

疾世
「ありがとう、気持ちだけ貰っとくね…」

クリス
「俺の上着を貸してやろう、」

一度、部室へ戻って上着を取りに行っていたクリスが、疾世にパサリとかける

小柄かな疾世に大分大きい上着がかかる

疾世
「……」

クリス
「どうかしたか」

疾世
「うん、あのね…クリちゃん。悪いんだけどさっき騒いだせいで身体があったまってきちゃった。」

色々騒いだ結果、疾世の体温は普通よりも高くなっている

疾世
「なんかこのまま寮に走って帰れそうだし、ごめん上着いいや」

そっと上着を返す

疾世
「じゃ、私いくね。」

それだけ言うと疾世は後ろを振り返らず走り去る

………

伊佐敷
「結局、何しにきやがったんだ?」

亮介
「倉持にお菓子の恨みを晴らしに来たんじゃないの、あと春市にしがみつきに」

春市
「それはないと思う…多分。」

沢村
「何言ってるんすか!疾世先輩は俺を助けに来てくれたんすよ!!」

降谷
「君にじゃなくて僕たちじゃない」

御幸
「はっはっ、お前ら幸せ者だな」

結城
「マフラーが駄目なら手袋はどうだろうか」

倉持
「ヒャハハ、哲さんもう疾世いませんから」

丹波
「クリス、ドンマイと言っておく」

クリス
「…あぁ。」

自分の上着を見て虚しさを覚えるクリスの事などつゆ知らず、疾世は今日も元気に一日を終える
 

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