短編
□学生の火遊び
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トラファルガー・ローは、女を総じて鬱陶しく思っていた。
男尊女卑によるものではない。
男に生まれたローを性的対象として見て、ローに精神的な害を及ぼす女という生物がうざいのだ。
中学の頃の印象が強すぎたというのは、一つの原因である。
既に高校に入って二年が経とうとしているのに、女と言われて思い出すのは当時の奴らだ。
レベルのあまり高くない学校だった所為か、馬鹿が多かった。
馬鹿な男に合わせているのか、女のレベルも低かった。
顔自体は良いのに、同年代の女は揃いも揃って、声の調子やら笑い方やら身だしなみやら、自らを下品な方へと思わせたがっているようだった。
そういう浮ついた奴らの浮ついた雰囲気は、一緒の空間にいるだけでローをイラつかせた。
ローの雰囲気は元から人を寄せ付けないものがあり、
そして喧嘩で勝つたびに流れる噂で、ローに気軽に話しかける女はいない。
だが、学校というのは、嫌でも交流しなくてはならない場合がある。
その数少ない交流で、相手側の女は舞い上がり、
そういうやつらはイベントとかあると、それに便乗して告白しようとする。
更にそれにも便乗して全く関係のなかった奴らまで集まってくる。
承諾して性処理として受け入れれば、あざとく媚びてきて特別扱いされたがり、
最初から告白を断ろうとすると、しつこくアピールし続け、ストーカーになる奴まで現れる始末。
以前一度だけ、ストーカーしてきたその女に
「そんな時間、もっと有意義なことがしたいと思わないのか。」
とうんざりして聞いた結果、
「私はローといたほうが有意義。」
と返された。
終わってるんだ。あいつらは。頭が。
仮に女に生まれてたら、今度は近寄ってくる男が鬱陶しかっただろうなと思いながら、ローは玄関のドアの鍵を閉めた。
要は、異性として意識されるのがうざいのだ。
意識されすぎて、それが悪い結果へとばかりつながるもんだから、いつしか意識されること自体が鬱陶しくなったのだ。
だが、ローはモテる。
顔が良くて、文武両道で、自信から来る揺らぎなさとか、垣間見せる常識とか、
そういった全てが、女からすれば意識しない方が無理なのだ。
そしてそれは、高校でも言える。
ただ、上品に装うとするかしないかの違いだった。
授業内容は参加しなくても理解できるが、
授業日数はローにとっても無視できない。
鍵をポケットに閉まって、ローは溜息をついた。
徹夜明けの頭はなるほど、いつも以上にどうでもいいことに冴えていて、イライラするものだ。
たかが、鍵を挿して、回して、抜いて、歩き出そうとするだけの間に、様々なことが一気に頭の中で行ったり来たりする。
こんなしんどい状態で、何の意味もない学校に、わざわざ出席日数稼ぐためだけに行くのかと思うと、ローは既に嫌になりそうだった。
大体授業なんて、教科書読んでりゃ聞かなくても分かる。
重い足取りで歩き出そうとするローの前を、慌ただしくドアが開いた。
「いってきまーす!!」
「急がないで気をつけなさいよー!」
隣の部屋から、母親と思われる声と共に、女が一人飛び出してきた。
飛び出した女は、
制服から見るに高校生で、
スカートから見るに同じ高校で。
あれだけ色々なことを考えていたローは、瞬時には思考が働かず、脳が一旦思考を停止した。
もう3日ぐらい徹夜なのだ。
女と目が合う。
まさか、
このまま通学路を同じにする羽目になるのだろうか。
ここからの距離なら恐らく徒歩だろう。近づくな、という方が無理難題だ。
もし「あれ?隣だったの?」とか言って、隣に来られたら・・・。
追い返すだろう。ここで隣を許すと、後々面倒だ。
だが、それは家が隣の時点でもう手遅れじゃねぇか?
いやでも、
ぐるぐる考えながら、ローは女を睨んでいると、
どうやら女も想定外らしく、驚いたような顔を浮かべた。
それが無性に憎たらしかった。
驚いた表情のまま、ローを見つつ、
とりあえず挨拶せねば、という感じで、女は軽く頭を下げると、
そんなことより急いでるんだよ、と言わんばかりに走りだし、階段を勢いよく駆け下りていった。
完全に挨拶し損ね、ローはその後ろ姿を見送った。
あ、と若干頬を染めておろおろするような態度も、
私なんてどう?と媚びるような態度も、
私あなたなんて興味ありませんから、と言わんばかりのそっぽを向く態度も、
こんなところにいるなんて!といった、まるで好きな芸能人を見かけたような興奮する感じも、
一切、何一つ、リアクションを起こさず。
かと思えば、怯えたような態度があるわけ、でもなかった。
マナーのような挨拶、愛想笑いすらない表情(驚きすぎたのだろう)、そのまま興味なくしたような態度(急いでいたのだろう)。
馬鹿か。
さっきまであんなことを考えてるから、こんなことを新鮮に感じてしまうんだ。
望んだ普通の対応だろう。
なんで、女らしい女全員が俺に意識するみたいなことを考えているんだ。
不満、というか、物足りない、というか。
女たちに嫌気がさしているのは、確かに間違いがない事実だが、
まるで興味がないという風にふるまわれると、新鮮を通り越して、
いや、新鮮だった。
上手く説明できないが。
でも、顔や体つきは結構良かったな。
地味な感じでもなく、けばけばした感じでもなく、動作が可愛いぶってる感じでもなく。
制服もきちんと着こなしていて、でも苦しくない程度には崩していて。
それでいて、見苦しくない程度の軽いオシャレ。
何気なしに考えつつ、ローは隣の家の表札を見た。
かかっていない。
同じ学年だろう。
学校でもう一度見る機会があるかもしれない。
その時ペンギンに聞けばいい。
少し興味を抱きながら、ローはマンションのエントランスを出た。
そこには、待ち合わせに成功した、少し止まって喋っている男女の姿。
片方はさっきの女だ。
そして片方は、かなりの、不細工である。
不釣り合いだと、ローは感じた。
よくあるが。
男は、顔がよろしくない癖に、顔に合わないようなオシャレに気を付けているようなチャライ感じで。
正直、あれこそ見苦しい。
動作も、表情も、下卑たような感じだ。
制服が違うから、恐らくは近くの違う高校だろう。
つまり、頭も悪い可能性が高い。
それなのに、女は笑ってその男の話に耳を傾け、そして二人は肩を並べて歩き出した。
ローは、後をついていきながら、
女が男と別れた後も、そのうち雑踏に紛れて見えなくなっても、
そのことを何気なく覚えていた。