短編

□超短いやつ
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「ついに告白するのかと思った。」

にやりと笑って事も無げにそう云い放つと、ローは優雅にコーヒーを飲んだ。

一切の動揺がないその自信満々な姿に、別世界の住人だとつくづく思う。

大真面目でもないが、おちゃらけた冗談という風でもない。

熱いナルシストなセリフと違和感ない雰囲気が、この男の美点ではあるのだが、欠点でもある。


暇を持て余して甘いジュースをちびちび飲みながら、肩をすくめた。

久しぶりにジュースが飲みたくなった。

昔はコーヒーが飲めなくて、甘いジュースばっかりだった。

昨今のカフェはジュースのバリエーションが少ない。

お子様向けにオレンジジュースを置いてるぐらいだ。


「ローはないね。」


フロアに常駐しているウェイトレスが、ちらちらとこちらを覗き見ているのが視界に入る。

いつもの事だ。

この国では珍しい190cmの長身。

細身だが弱々しさを感じさせない体つき。

彫りの深い顔立ちは整っており、髭や表情などの雰囲気が男らしさを醸し出す。

まごうことなきイケメン。

というか、イケメンと一言で言いきっていいのかと悩んでしまう。

下手な有名人より存在感がありすぎて、どこに行っても視線を独り占め。

これで天才的な外科医で、しかも肉体自慢とか、女の私ですらその完璧さが妬ましいレベル。


「俺が好きじゃないのか?」

「もちろん、好きだよ。ローは良い男過ぎるからね。」



口角を上げてくつくつ笑うローは、至極楽しそうだ。

誉められ慣れているだろうに、昔から飽きもせずにこのやりとりを繰り返している。

久しぶりに会うから緊張していたが、一気に懐かしくなって距離感を取り戻せた。


もちろん、本心からの言葉だ。

私は心の底からこの男の男らしさに惹かれているし、あまりの魅力に見惚れることが度々ある。

そんな時、いつも彼は意地悪そうに笑って「惚れたか。」って言うから、そう言う時は私も照れて「昔から。」って言う。

そうすると、彼は今みたいに楽しそうに笑うのだ。


「今日は何の用だ?会いたくなったのか、俺に。」

「随分長い間会ってないしね。間違ってはいない。」

始めてローにあった時。

もはや7、8年は前のことだが、今でもよく覚えている。

こういう男もいるのか、すごく驚いた。これはずるいとすら思った。


一般的な価値観を持つ平凡な女子である私は、見ただけでときめいた。

この男とピッタリ合う女は幸せだと思った。

そんな女に生まれてこなかったことが苦しかった。


思えば、私が女性らしいというものを諦めてしまったのも、この人に会ってからだ。


身に纏う雰囲気がすでに違うのだ。

モテる、かっこいい男のそれだ。


ばかばかしくなった。

この男のそばにいるのは、私がどんなに努力したって得られない美貌と女性らしさと自信を備えた女性だ。

スタートラインにすら立っていないうちから、彼女たちを追い越すなど無駄な努力だ。

私には、できない。


私は、この人のそばには立てない。



「一生分の男運を使い果たしたかと思った。」

「・・・唐突だな。」

「今だから言うけどね。」


ローの顔が、少しこわばる。

私が、自分からこんなにローを素直に誉めることはなかった。


最初は誉める事さえもできなかった。

その魅力を口に出してしまったら、自分の気持ちが止まらなくなって、見破られてしまう気がした。

大事に大事に、心に秘めるように、ふたをしていた。


今なら分かる。

そんなの、女性に対して百戦錬磨のローには一発で見破れただろう。

だから、からかわれた。

それでも、踏み込まれなかった。


少しずつ少しずつ、私は私を好きになっていって。

これでいいんだって受け入れられるようになったから。

素直にローの事も、誉められるようになった。


今の私は、もう昔の少女の頃の私とは違うのだ。

酸いも甘いも、それなりに味わった。

好きという気持ちも、自分の将来も、俯瞰できるようになった。


「あの頃のローは今ほど落ち着いてなかったっていうか。盛ってたねぇ。」

「まぁ、まだガキだったからな。」

「私に好きだと言わせた挙句、すぐに迫ってきたもんね。」

「まさか拒否されるとは思わなかったがな。」

「ローはないからね。」


ローは、お兄ちゃんの友達だった。

ちょくちょく会う機会があった。

呪った。神様を少し恨んだ。

手の届かない人をすぐ傍に連れてくるとか良い神経してる、とか思った。


「出会いたくない人だぁ、と思った。良い意味でね。おかげで少し心がぐらついちゃったもん。」

「倒れて良いと思うが?」

「倒れませーん。乙女の理想は高いんですよ。」

「俺以上に良い男がいんのかよ。」

「そうそう見つかんないよね。見つかっても私じゃ厳しいわ。」

「それもそうだな。」


楽しそうに笑う目の前の男が羨ましすぎる。

頭の良さでも、悪知恵でも、綺麗な顔面でも、かっこいい仕草でも、上げたらきりないけど一つでもカッコ良い要素を分けてもらえないだろうか。

それとも、この男も何かしらは神様から与えられなかったものがあるんだろうか。


「だいたいお前は俺のどこが気に入らないんだ。」

「もうベクトルが違う。」

「意味わかって使ってんのか。」

「バカにしてんの?」

「しないと思うか。理数系ほぼ赤点だったやつが。」

「ギリギリ回避してますー。」

「俺のおかげでな。」


そうだった。

成績が悪い兄妹に、根気よく勉強を教えてくれたのは、先生じゃなくてローだった。

先生の言葉は何回言われても理解できず、ローの噛み砕いた言葉はよく頭に入った。

テスト勉強の時は、いつもローが褒美にジュースやお菓子を買ってくれた。

その時だけは、勉強も悪くないと思えた。


ただ、どうしても詰め込みになってしまう上に、本番に弱い私はどうしても、数学系と理科系を落としてしまう。

ちなみに、お兄ちゃんは話聞くのと、教科書読むのがめんどくさいだけで、大雑把に言ってくれればある程度点数取れる。

うちの兄貴もそういえばかなりかっこいい。


ずずずーっとストローで吸う。

もうない。

未練がましく思ったが、もう後はけじめをつけるだけだと思った。


ずっと好きだった甘くて切ない私の恋心。

無理に背伸びしてローが好きだったコーヒーを飲むときはいつも苦くて、好きになれなくて。

そんな自分が情けなくなったりもしたけど。

自分が好きで、ジュースも好きで、そうやって過ごしているうちにいつの間にかコーヒーも飲めるようになって。

そしたら、あまりジュースは飲まなくなってしまったのだ。


「でもね、見つけたの。私の理想の王子様。」


そんなガラじゃなくて、笑った。

理想の王子様だって。

言ってる自分も、見つけた王子様も、そんなガ
ラじゃないけど。

でも一緒にいるのがしっくりきて、安心できて、幸せになれる人。


「どんなやつなんだ。」


微妙に沈黙した後、いつも通りを装ってローがそう言う。

ローは、私とは違ってあまり本心を言ってはくれなかった。

ただでさえ考えを察することに関して難易度の高いローが、本心をあんまり出してくれないものだから、私はいつも気のせいだと無視した。

どうしたって自分の期待という色眼鏡を通してしまうのだからと、私はとてもとても慎重になっていた。


「そうだなぁ。ままかっこいい、真面目、家庭的、仕事もできる、無口、淡々としてる人、でも照れ屋さん、優しくて尽くしてくれる、とかそんな感じ?」


指折り数えながら徐々にはしゃいでいく私とは逆に、ローの体温は徐々に下がっていくようだった。

黙って飲んでいるコーヒーが随分まずそうだ。

ローとは似てる部分も多い。けど、一番大事なところは、やっぱり似てない。

ローの言いたいことがなぜだか分かるような気がするけど、ローが言わないから私も気づかなかったことにした。


「だからね、会うの、これが最後になるかもしれないから。」


ローと私は貞操概念は逆だ。

一人の女に縛られたがらないローと、決めた一人の男にだけついていきたい私。

どんなに恋は盲目でも、自分の臆病心だけは盲目にはならなかった。

この人の横には立てない。この人とは幸せになれない。

ベクトルが違うのだ。

同じ空間にいて、同じところから出発しているはずなのに、距離は開くばかり。


ローは、ずっと何も言わない。


葛藤、している、ように見える。

言うか、言わないべきか。

何をだろう。それが望む言葉だったとしたら。私はどうするんだろう。


答えは決まっている。

どうもしない。


「もう、会えねぇのか。」


迷いに迷った末に、ローはそんなことを言い出した。


「うん。彼について海外に行くことになったの。」


そうか、とローはボソッと言った。ようだ。

あまりに声が小さすぎて本当にそう言ったのかは分からなかった。


ローはいつもそうだ。

言いたいことをはっきり言わない。

女性との駆け引きでもしてる気分なのか、複雑怪奇なその読めない本心を明かそうとしない。

のに、察しろみたいな空気を出すことがある。

何か言いたいらしい、こう言いたいらしい、でも本当にそうだろうか?そう読ませようとしているだけなのだろうか?私にどうして欲しいのだろうか?

考えればキリがない。分かるはずもない。


私はそういう難しいの、苦手なんだってば。

手取り足取り、かみ砕いて、ジュースと一緒に流せるものだったなら、

まだ、夢を見れたかもしれなかったけど。


「今まで、本当にありがとね。結婚式、呼ぶから来てね。」


初めて見たローの辛そうな顔。


「さよなら。」


最後でもやっぱり、何も言わなかった。







(お互い、相手が自分に好意があることに勘づいている。ローに至っては確信してる。)
(ローは自分が優位になりたいし、今までの彼女は積極的だから、ヒロインも好きって言ってくるだろうと思って、遠回しにアタックしつつ待ってた。)
(ヒロインは旦那を好きになって納得して結婚するけど、微妙に未練もあって。両片思いの関係に明確な終止符を打つのと、自分はもう好きではないという意思表示をしたいのだが、ローからの表明を無意識に期待して待ってしまっている。)


(どっちも押さないから、結局結ばれなかったお話を書きたかった。)
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