ゼルダの伝説 時のオカリナ ソウル・リベレイター

□第13章
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「……」

まぶたに写る光が収まるのを感じて、シモンは目を開けた。シモンは驚きもせず、目だけ動かした。時の神殿の中心にシモンは立っている。ラウルの言っていた7年後の未来に不安も感じていたが如何せん、好奇心が強すぎる。ちょっぴり期待をしたが、時の神殿は7年前のままだ。少し期待はずれだったと心の中で呟く。

「シモン…本当にシモンなのよね?」
アルマが隣でまごついていた。そうだ。自分は大人になったんだ。目線が妙に高いなと思っていた疑問が晴れた。シモンはまだ夢だと思って頬をつねってみた。途端に、激痛が走った。

「いでででっ!」
「よかった、シモンだわ…」

ホッとしたアルマが肩に乗った。気のせいかほんのり温かい。その温かさは緊張の糸ではりつめたシモンの心を優しくほぐしてくれた。シモンはアルマの頭(?)を指で優しく撫でた。

「この中で唯一変わらないのはアルマだけだね…」
「あなたの相棒であることも変わらないわ」

アルマは表情が分からないが笑ったように見えた。シモンも思わず顔を綻ばせた。

「さあ。行きましょう。運命を変えるのよ」
「うん。行こう」

神殿の入り口から風が吹いてくる。シモンは柔らかな風の中に飛び込んだ。

外に出てシモンは呆気にとられた。7年たってるからどうなってるのかと想像していたがなんら変わりないじゃないか。本当にハイラルは滅びてしまうのかと疑ってしまうくらい、平和な町のままだ。空を見上げると、白い雲の隙間に青い空が見えていた。

「あ…雨…上がってた」
「シモン、7年たってるのを忘れないでね」
「あ、そっか」

シモンは不思議そうに町を見回した。7年前と何も変わってない。胸のなかは昨日と同じままだ。もしかしたら狐に化かされているのではないかと疑いたくなる。
しかしアルマはどこかしっくりきてないようである。その声に疑問を浮かばせている。

「気のせいかしら。前より町が静かじゃない?」

そう言われるとハイラル城下町にいつもの賑やかな気配がない。絶えずどこかで音がしたり、食べ物の匂いを漂わせていたのに、今は瞑想したように静かだ。

「なにかあったのかな…」

不安に駆られたシモンは物売りの女性に目をつけた。女性の顔はやつれていて話しかけるのを躊躇ったが、口を開いた。

「あの…」
「いらっしゃい。あら、イイ男ね。私とうとう幻覚まで見えるようになったのかしら…?」
「いや、人間なんですけど」
「あららごめんなさいね。何せ3日ここで商売してるから…何か買っていってくれるの?」
「聞きたいことがあるんだけど……この町、7年前と比べてなにか変わったことはある?」

女性があるわよ!と声を上げた。

「先代王が亡くなられて新しい王様が来たんだけどその方が来てから税がすごく重くなったのよ。そのせいでみんなピリピリしちゃって…生活がなりたたなくなっちゃったの。浮浪者もいさかいも増えて、隣のカカリコ村に移住する人も多いみたい」
「そうなんだ…」
「それよりなんか買ってってよ。今ならマけるわよ」
「えーっと…」
「シモン、行くわよ!!」

アルマに引っ張られてシモンは女性のお店を後にした。

「びっくりしたわ。まさか賑やかだったハイラルの町があんな廃れてたなんて。これが7年後の未来の姿なの?」
「……かな」

シモンは悲しくなった。これがエリックの望んだ未来なのだろうか。
空をまた見ると、いつの間にか炎のような夕焼けが空を侵食していた。



7年後のハイラル平原に出たシモンに最初の夜がやって来た。冷たい風が不安を呼び覚ます。肉食獣に怯え、洞窟の中で身を潜めていた古い記憶だ。背中から襲う恐怖と目の前に迫る不安に挟まれて逃げ場を失った気分だ。
シモンは自分の故郷であるコキリの森を目指した。自分がどこにいるのかも把握できない闇の中を、手探りであるいた。たった7年でハイラル平原も変わってしまった。本当にここがハイラル平原なのかすら疑わしい。シモンは疲れてその場に座り込んだ。

「もう疲れた…」
「大丈夫?」
「……ねぇ。アルマの能力で森へ行けない?森の位置だけでもいいから」
「さっきからやってるんだけど…おかしいのよ」
「なにが?」
「森の気配が感じられないの。デクの樹サマの気配も…なにかあったのかしら…」
「考えすぎだよ。……みんな、元気にしてるかなぁ…」

シモンが7年の時を過ぎたのは昨日のことだ。しかし現実世界では実際に7年たっている。森は昔のままなのだろうか。仲間は昔のままシモンを受け入れるだろうか。そもそも覚えているのだろうか。そう考えるといてもたってもいられず、シモンは立ち上がった。

「行こう。こんな場所にいられない」
「でも夜明けを待ったほうが…」

突然、背後から叫び声が轟いた。シモン達が飛び退くと地面がひび割れて何かが飛び出した。目が闇夜に慣れてきて初めて事態を理解した。人の姿をしたそれは魔物だった。

「なんなのこいつ!」

やっと目が慣れてきたのに、シモンは衝撃的な光景を目撃してしまう。茶色い皺だらけの皮膚と骨だけのミイラのような魔物だ。

「……っ!」

魔物は首をポキポキ鳴らしながら上半身を持ち上げた。関節が動くたびに饐えた黴の匂いが立ち込めた。魔物は口から呻き声を上げている。

「いやあぁぁ!!」
「う…っ」

魔物の潰れた眼と目が合う。歯をカタカタ鳴らして魔物がシモンに近づいてきた。

「シモン助けてっ!」
「なんだこいつ…!」

シモンは背中の剣を掴んだ瞬間、違和感を覚えた。手触りが違う。馴染んだ感じではなく、滑らかな感じだ。剣を鞘から引き抜くと闇の中で光を放つ刀身が現れた。思い出した。これはエリックの剣じゃない。お伽噺に登場するあのマスターソードなのだ。
シモンはマスターソードを握る手に力を込めて腕を横に振った。伝説の剣は振っただけで草を凪ぎ払った。魔物の細い腕などいとも容易くスパッと切れて夜に消えた。シモンも目を剥くほどの切れ味だ。

「でやあー!!」

勢いのままに腕を真横に振るう。魔物の上半身と下半身が真っ二つに切り裂かれ、完全に離れた。体を切られた魔物は力なく地に倒れた。

「なに?こいつ弱……」
「アルマなんにもしてないじゃん…」

倒れた魔物に近づいてみる。見れば見るほど不気味な魔物だ。カビ臭さがシモンの鼻を襲った。アルマが絶叫するのはわかるが、シモンも同時に悲鳴を上げていた。

「シモンやめなさいよ。気持ち悪いわ」

シモンは好奇心に駆られてその魔物に触れてみた。カサカサ乾燥した皮膚の中にぐにゃぐにゃした柔らかい部分を触った途端、シモンは弓なりにのけ反って泡を吹いた。シモンの腕に蕁麻疹が現れる。

「ねぇ、気持ち悪いでしょ。マジで気持ち悪いよね。この柔らかい所押すとへこむんだよ」

シモンは柔らかい所をぐいと押して白目を剥いた。

「あんたどういう精神構造してるの!すぐに離れなさい!!」

シモンが離れようとしたその時だ。細長い棒のようなものが背後から伸びてきてシモンを掴んだ。

「え」

何なのか振り向こうとした瞬間、首筋を激痛と何かに噛まれる感覚が走った。

「うああぁあぁぁぁあッ!!」
「シモン!?」

シモンは振りほどこうとして体に巻き付いている棒を掴んだ。それは棒ではなく、茶色い腕だった。その間にもギリギリと首筋に万力のような痛みが襲う。

「あぁぐ…う…ひ…ぁ…」

痛みの中でシモンは気づいた。体液を吸われている。ほとんど勘だがシモンは直感的に間違いないと確信した。シモンは後ろから絡み付いてくる魔物を剣で刺し、振りほどく。たちまち魔物は悲鳴を上げて倒れた。背中に生ぬるい液体が流れてきた時、それが血だと分かった。

「う…」
「シモン何があったの!?」
「血を…吸われた…」
「何ですって!」

足元に転がっている魔物に目をやると、それはさっき襲ってきたミイラのような魔物だった。

「またこいつなの?」
「まさか2体出てくるなんて…ここは危険だ。離れよう」

キャアアアァァァッ!!

「なに!?」
「シモン、後ろよ!」

シモンは前方に飛んだ。体勢を整えると後ろには3体のミイラ魔物がいた。

「どうしましょ…」
「逃げよう!!」

これ以上相手をしていても埒があかないと判断したシモンは魔物の間を走り抜けた。魔物の足は遅かったので簡単にかわすことができた。そのまま闇の中を走る。

「どこいくのよ!!」
「分かんない!!」

ゴールのない闇の中をただひたすらに走るシモンが突然足を止めた。

「きゃっ!急に止まんないでよ!!」
「……」

立ち止まったシモンは鼻を効かせて辺りの匂いをかき集めた。

「シモンなにやってるの!?」
「なんか……焦げ臭くない?」
「は?鼻ないから分からないわ」
「……こっちだ」

シモンは焦げた匂いを辿って歩き始め
焦げの匂いが近づくにつれ、辺りが鬱蒼とした森に変わっていった。

「うう…怖いわよぉ」
「スンスン…焦げ臭くささが強くなってる…」

匂いを辿って来たシモンはまた立ち止まった。眼前には見覚えのある景色が広がっていた。蔦が絡んだ橋に木で出来た穴…シモンの頭に記憶がふつふつと蘇ってくる。

「ここ…コキリの森の入り口だ!」
「うそ!……言われてみればそうね」

あの時の記憶が湯水のように湧いてくる。ここで生活し、エリックを失い、仲間と別れ、レオルドと別れた。忘れるはずがない大切な記憶をシモンは胸に抱き締めた。

「みんな、元気にやってるかな…」
「やってるわよ。……」

シモンは橋を駆け出した。思いっきり走って飛び込んで、大声で「ただいま!」というつもりだった。

「みんな、ただいま!」

シモンは手を上げて笑顔で固まった。一瞬何を見ているのか分からなかった。目の前に映ったのは人の住んでいた形跡もない焦土だった。

「……え?」

ふっとシモンから笑顔が消えた。アルマも言葉を失って狼狽えている。シモンの中でプツンと何かが切れた。辺り一面が真っ黒な炭と化していた。シモンは目眩を覚えてぺたりと座り込んだ。煤けた匂いが地面から舞い上がった。

「え…?嘘…でしょ?」
「コキリの……森が……」

焼けた木々、焼け落ちた建物…全てが焼け落ちていたが、そこには確かにコキリの森の面影があった。

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

アルマの叫びを黒くなった森が吸収する。
すぐそこに、初めての夜明けが迫っていた。
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