ゼルダの伝説 時のオカリナ ソウル・リベレイター

□第18章
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デスマウンテンの中腹。そこに二人の男が距離をとって対峙していた。
片方は剣を抜いて構えているが、もう片方の紅い髪の男はただ薄く微笑んでいた。この男はエリック。剣を構えているシモンの兄である。
やはりと言うべきなのか、7年前のエリックとは姿が変わっていた。髪は腰まで伸び、服装があの時着ていたコキリの服ではない。大人に変わっているから当然なのだが。成長しているということはエリックもハイリア人?
そしてシモンがいつも憧れている姿とは大きく違っていた。若干気弱そうだが、常に微笑みを絶やさない表情は、まるで獲物を狙う猛禽類のような殺気をたたえている。瞳は爛々と輝き、口の端はつり上がっていた。
風は吹いていないが髪がそこだけ無重力になったかのように漂っている。全身も躍動感に溢れていて細かった子供の姿の面影は微塵もなかった。
彼の頭がこっちを向き、眼光がシモンを射抜いた。シモンの全身の血がゾワっと震えた。

「シモン…」

薄い唇が弟の名を呼ぶ。いつもと変わらないのに、静かな恐ろしさが滲み出ている。

「ずっと探していたのに、あっちこっち回って勇者ごっこか?」

エリックが一歩踏み出した。自然と体が後退する。一定の距離を保たないと、エリックが放つ重圧に潰されてしまいそうだった。

「……ヴァルバジアを放ったのはエリックだね」

シモンが尋ねる。あくまで隙は見せない。気を抜くと不安になる。
エリックは答えなかったが、シモンにとってはそれが十分な答えだった。
シモンはさらに続けた。

「どうしてあんなことを…何が目的だ!!」

エリックは黙っている。その態度にシモンも苛立ちを覚えた。

「答えろ!」
「……くくっ」

エリックがくすりと笑う。これはシモンにも分かる。明らかに挑発的で小馬鹿にした態度だった。

「エリック!!」

激昂したシモンはエリックに向けてフックショットを放った。鋭い尖端がエリックに突き進む。エリックは動かない。
エリックの右手がぴくりとする。瞬時に現れたのは、真っ黒な刀身の長大な剣だった。
エリックは剣を真横に振る。甲高い音がして、フックショットが弾かれた。

「!?」

すぐに鎖を引っ張る。それと同時にエリックが猛然とダッシュ。一挙一動で剣を振り下ろした。

「うわっ!?」

シモンが後ろへジャンプする。剣の切っ先が岩にめり込んでいた。

「くっ」

再びフックショットを発射。今度はしゃがんでかわす。
するとエリックがフックショットの鎖を掴んだ。強引に引っ張る。シモンは引っ張られてバランスを崩し、転倒。
横になったシモンの体に黒い刃が振り下ろされた。

「シモン!!」
「うわぁっ!!」

素早く転がり、なんとか逃れる。体勢を直して再び対峙した。

「これが…エリック?」

あまりのショックにシモンは我知らず呟いていた。自分の兄の変わりように目を疑いたくなる。
エリックが敵…とは認めたくないが、さっきから絶え間なくフックショットを飛び回らせているのにエリックはまったくひるんでいなかった。

「思い出してしまうな」

エリックはいかにもな口調で喋っていた。

「昔、お前と手合わせしたとき、あの時は確かお前が背中を着いて負けたんだったな」
「楽しそうね、エリック」

アルマが喋る。どこかピリピリした様子だ。

「楽しいさ。弟を手にかけるなんてなかなか無いからな」

背筋が凍るような台詞を淡々と吐き出す。シモンの背中に冷や汗が溢れた。
アルマはあくまで冷静だ。アルマもアルマでおかしい。

「何故こんなことを?あなたはなにが目的なの」
「言っただろう。俺が欲しいのはマスターソードと時のオカリナだ。それがないと目的を果たせない」
「なにが目的だというの。これで魔王を復活させようとしてるの?」

アルマが言うと、エリックが小さく息を吐いた。

「ああ、もうそこまで知られていたのか。お前達の知り合いは口が軽くて困る」
「……ということは本当なのね」
「まあな。誰かさんのせいでしくじりはしたが。まあ、最低でもマスターソードを奪えれば」
「……僕を殺して奪うつもりだった?」

シモンが口を挟む。エリックは首を振った。

「本当に殺すつもりはなかったんだが、死ぬような目に遇わせないとということを聞かないだろう?」

シモンは恐怖を覚えた。なんだこの奴隷商人みたいな台詞。
アルマの追求は終わらない。

「質問に答えてもらうわ。どうして魔王を復活させようとしてるの」
「その質問には答えかねるな」

エリックが剣を構え、突っ込んでくる。シモンは剣を盾にして受け止めた。耳をつんざく金属音が辺りに響く。
凄まじい力だ。ちょっと力を抜けば押し負けそう。細腕なのにどこにそんな力があるのか不思議でならない。
しかし目と鼻の先にいる兄は余裕の表情だ。
やがて押し負けると判断したシモンはフックショットを発射。エリックはバックジャンプをしながら避けた。
だがシモンも押されてばかりではない。素早くフックショットを戻し、また発射。牽制のために飛び回らせていた。
不意に、エリックが床を蹴った。
すごい動きだ。一瞬にしてシモンとの距離を詰める。フックショットの牽制など意味をなさないと言わんばかりだ。
剣が振るわれた。

「くっ!!」

シモンの服が裂けた。血は流れていない。寸前で防いだのだ。
シモンもマスターソードを振るうが、エリックは一歩下がるだけでかわした。

「……ふん」

エリックは跳びすさった。息一つ切らしていない。

「なんだ。たいしたことないんだな」

これはまた、すごい余裕。

「勇者サマなんだから、もう少し頑張ってほしいものだな」

シモンは返す言葉が見つからない。アルマも言い返したかったらしいが、言いよどんでいる。

「退魔の剣だろうと、俺に勝つのは難しいぞ」
「あの双子がいるから?」
「ああ、あいつらか。どうも血に酔う節があってな。もう少し役にたって欲しいんだが」
「聞こえたらがっかりするよ」
「ふふっ、そうだな」

エリックは含み笑いをすると腕を振った。
漆黒の剣が消え失せる。

「今日はこれくらいにしておこうか。いずれ本格的にやることもあるだろうし」

そして彼はシモンに向く。

「やらないこともあるかもしれんがな」

そう言うとエリックは宙返りをして山から地面へ落ちていった。
シモンは慌てて落ちた方を見たが、エリックの姿は影も形もなかった。

「……」

言葉が出てこなかった。
戦いの途中、シモンは「負けるかもしれない」と思った。それほどまでにエリックが強かったのだ。
結局エリックの目的も聞けずじまいに終わった。

「エリック…本気だったわね」

アルマが呟く。あの眼光がまざまざと脳裏に浮かんでいた。

「……行こう。ゾーラの里に行かなきゃ…」
「……」

次の目的地のためにデスマウンテンを下山するが、足取りは重かった。
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