requiem for innocence


□requiem for innocence
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ヒョクチェは踊れさえすればそれで良かった。
練習室のエアコンはまだ壊れたまんまだし、壁に貼り付けられた大きな鏡は端が曇っている。でもヒョクチェはつま先で回り続ける。Tシャツは汗だくで、髪の毛はダーティーブロンド色にもつれている。

30分前、ドンヘはとっくにギブアップしていた。体が火照って堪らない。汗は搾り取られ、体は修復不可能な程に乾燥しきっている。

ヒョクチェは湿った手のひらで額の汗を拭った。その腰は彼が腕を振り上げる度にゆらめき、青ざめた肌はパンパンに張りきっている。こんな時、ドンヘは眩暈に襲われる。

それにしても、この熱さ。
いつものこのクソ熱さだ。

ヒョクチェはダンスそのものだ。当たり前の日常生活のリズムを刻むよりも遥かに上手く、ドラムのビートに体を委ねる。ドンヘが子どもの頃に見た、あの美術の教科書に出ていた絵画を思い起こさせる。それらが本から飛び出して、そこら中に絵の具をまき散らしているかのようだ。

動く芸術。ユノがヒョクチェをそう呼んだことがある。自分の足に蹴つまづき、先輩の前では口ごもり、キム・ヒチョルを2分きっかりでイラつかせる。確かにヒョクチェはその全てに於いて芸術的だ。

しかし「デビュー」という言葉にはヒョクチェを豹変させる何かが潜んでいるとドンヘは思う。彼に取り憑き、興奮させ、衝動的にさせる。ドンヘも踊ることが何よりも好きだ。目前に迫ったデビューというプレッシャーを味わいながら、流れ落ちる汗、緊張感、筋肉がひりひりする感覚に酔いしれている。

ドンへは至極まともに食事を摂り、時にはジョンウンとヨンウンと一緒にカラオケにだって行く。夜ふかしもするし、日曜の朝は睡眠を貪る当たり前の生身の少年。肌を合わせたい。キスが欲しい。

しかしヒョクチェにはそのような欲情が見えない。ふたたび曲が流れ初め、ドンヘは決心した。もうたくさんだ。

「何やってんだ?」

「何やってるように見える?」

ドンヘは言い返すと、ポケットからライターを取り出し、ボロボロになったタバコの箱を膝の上に乗せた。ヒョクチェの顔はゾッとした表情を帯び、その体は昼から3時間ぶっ通しの激しい練習であえいでいた。

「お前は考えたこともないんだろうな?」

「ありえない。」

やっぱりな、という風にドンヘは白目を見せると、果たしてスウェットパンツのポケットにタバコをしのばせておくべきじゃなかったかと思った。

「湿気でダメになるから?」

「ドンヘ!」

「いいから試してみようぜ?」

「お前には呆れるよ。俺は一切関係ないからな。」

「なんだよ。俺たちはチームだろ?家族同然だろ?血を分けた兄弟みたいなもんだろ?

「血を分けた?ツバの間違いだろ?」

「血もツバも体液には変わりないじゃん。ゴチャゴチャいうなよ。どうせ俺たちは一生離れられないんだ。」

ヒョクチェは呆れ果て、煮詰まった息は最悪だとでもいうように戸惑っている。全身汗まみれで、首すじは暑さでベタベタしている。実際、ヒョクチェの肌は見た目と同じく、熱いのだろうか?ドンヘの手のひらはムズムズしだした。

ドンヘはライターの火をつけると、炎が揺らめくのを眺めて気を紛らわした。ここまでは何度もやったことがある。長年、ヒョンたちがそうしているのを見てきたし、街の子ども達はいつだって大人ぶりたがるものだ。

まるで病人のようにグッタリすると、ヒョクチェは溜め息交じりにドンヘの隣に腰をおろした。二人の肩は触れ、ヒョクチェが軽蔑のこもった指先でタバコの箱を取り上げようと体を寄せると、その髪の先がドンヘの頬を掠めた。
小さい練習室が急に息苦しくなった。まるで真夏の熱波のようだ。何週間もの間、ドンヘはこの息苦しさのわけを考えていた。

「お前、本当にやってみたくないの?」

更に体を近づけ、ドンヘはヒョクチェの耳たぶにその唇を揺らめかせた。荒々しく息を肺から押し出すと、赤白模様のタバコの箱を掴んだヒョクチェの指はこわばった。そしてドンヘの胸に箱を突き返すと、さじを投げたかのように吐き捨てた。

「ったく…」。

ドンヘは顔がほころぶのを必死で堪えた。

ふたりはタバコをひとつずつ取った。ヒョクチェが先端の茶色い部分をボンヤリと見つめている間、ドンヘははたして口に咥えてから火を着けるのか、火を着けてから口に咥えるのか、しばらく悩んでいた。

「マジでバカげてる…俺たちはダンサーだよ?こんなことしたらハタチになる前に引退だ。全部お前のせいだ。」

文句にはとりあわず、ドンヘは一か八か指に挟んだタバコに火を着けた。

「煙を吸い込むなよ?吸ってもただ吐き出すんだよ?」

疑いながらもヒョクチェはドンヘに自分のタバコに火を着けさせ、その先端に気をつけながらそっと口に運んだ。吸い込まないで吐き出すなんて言うほど簡単ではなく、結局ふたりとも煙にむせて、その肺を容赦なく絞りあげて喉を痛めつけた。

「クソ!何でお前の言う事なんて聞いたんだろう。」

いくらかの新鮮な空気をようやく肺に取り込み、ヒョクチェはブツブツとつぶやくと、ドンヘのみぞおちを肘で突いた。ドンヘはその腕をしっかり掴むと、ヒョクチェの腕の内側の、肉付きの良い柔らかく暖かい場所に親指を押しつけた。

「日曜の午後3時にお前の練習に付き合うヤツなんて、俺ぐらいしかいないからだよ?」

ヒョクチェはその点については反論しなかった。ヒョクチェの肌に触れるたび、ドンヘの手のひらのムズムズは強まっていった。その感覚はもう手の平を通り越して血管中を駆け巡っている。

「ヒョクチ…」

「まあそう悪くもないね。」

ヒョクチェはドンヘの視線と言葉を遮った。
俺をじらしているんだろうか?




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