St. Valentine's Day act

□St. Valentine's Day act
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また、このめんどくさい季節がやって来た。

それは最高のショコラティエ達が俺を楽しませてくれる季節。その後の2、3ヶ月、後悔と減量に苦しむやつ。その後の"お返し"に、結構な時間と労力を取られるやつ。それから、チョコをくれた方々からそれとなく向けられる期待感に、気が付かない振りをするやつ。突然の好きです申請に、丁寧にお断りするやつ。それから…



事務部本部棟4階の昼休み。俺は大盛り激辛カップメンとおにぎり2個をモグモグしながら、ここから2つ島を隔てた総務課のドンヘに目をやった。数人の女の子達が、しずしずと入れ替わり立ち替わりドンヘのデスクにやってきては、ひと言ふた言話し掛けて、捧げ物を渡していく。

そのデスクの上は、小さく洒落た紙バッグや、有名店の包装紙に包まれた箱で溢れている。不自然に膨らんだ学内便封筒も幾つか混じり、全体が絶妙なバランスで積まれている。更に、そんな贈り物を入れた大きな紙袋が、ドンヘの足元に2つも置かれている。

このバレンタインデー、俺も結構貰う方だけど、今年は"いつもお世話になっています"的な意味合いがほとんどだ。勿論、真剣な面持で渡される事もあるけれど。でも、ドンヘの比ではない。

ドンヘは渡されたそばから「わー、先輩ありがとうございます!」とか、あまり面識のない子に対しては「ごめんなさい、俺、お返しできないけど、いいの?」などと、慎重に言葉を選びながらお礼を言っている。

ドンヘはいつものようにワイシャツを捲り上げた。整った顔立ちに似合わず、その腕には血管が隆々と脈打っており、更にその先の手首には、俺と揃いで買ったブレスが見え隠れしている。それはまるで、俺という存在を控え目に主張していようだ。

ドンヘの名誉のために言うけど、あいつはこれまで自分の恋愛について聞かれる度に、自分には好きな人がいる、付き合っている人がいる、と言い続けてきた。

一度なんか、その宣言の後に「ねー、ヒョックー?」などと、脳天気に俺を巻き込んできたこともあった。俺達よりも周囲の方が焦っていたっけ。でも、ドンヘの満面の笑みを前にしたら、あいつのほっぺたを軽く叩く以外、俺に何が出来た?

果たしてそのアナウンスが何処まで浸透しているかは定かじゃない。でも、学内で働く人は常に移動して入れ替わるものだから、勇猛果敢はチャレンジャーはいつでも存在するのだ。

毎年のこの日、ドンヘはプレゼントをくれる女の子達みんなに平等に、極めて優しく向き合う。でもその実、誰にも期待を持たせない徹底した態度で対応している。それはもう厳しく、曖昧なものを一切削ぎとって。

もし相手がドンヘの優しさを読み間違えて、その柔らかい境界線に強引に踏み込もうとすれば、それはたちどころに凍えるような、冷たくそびえる壁となり、越えようとする者を容赦なく突き落とすのだ。

その時のドンヘの氷のような瞳を、一文字に結ばれた冷淡な唇を見たら、ドンヘが予め、はっきりと出していた警告に、もっと気を付けるべきだったと後悔するに違いない。

俺からしたら、ドンヘはごく普通のいい奴だ。ポジティブで筋肉バカ。ユーモアのセンスには乏しいが、協調性があって、とても思いやりがある。独自のこだわりもあって、仕事も自分の納得がいくまでやる。

温厚な人柄はそばにいる者を和ませ、笑顔にする力を備えている。まあ加えて、あの顔面偏差値の高さと、スーツが似合う胸の厚みと中々のスタイルの良さは、見る者全てを惹き付けずにはいられないのだろう。

とにかく男女問わず、ドンヘはとても親しまれている。多分、ドンヘ自身が思う以上に、ドンヘは光り輝いているんだ。



ドンヘの崇拝者によって、一時的に女子率が高くなっていた4階フロアが、急にざわめき立った。

さながら大企業のCEOか、政治家の2世かのような艶然とした笑顔と洗練された身のこなし。そう、国際部のエース、チェ・シウォンが総務の入り口に現れたのだ。シウォンは俺を見るなり、真っ白な歯を見せながら、俺の所にスタスタと歩いてきた。

ドンヘが太陽の匂いのような男だとしたら、シウォンは正に、生まれながらのサラブレッド、高貴な生き物の頂点みたいな奴だ。…この比較はどうかと思うけど。

「やーヒョク、元気?バレンタインだね。俺にチョコくれないの?待ってても来ないから、俺から来ちゃったよ〜」

「は?なんなの?(笑)」

シウォンは普段からちょっと変わった同僚だけど、頭と顔と育ちと性格の良さに加え、財力にも恵まれており、それが彼に特別な風格を与えていた。恵まれ過ぎだろ。

そこでドンヘが、デスクを飛び越え(るような勢いで)すっ飛んできた。

「シウォナ、あたま沸いてんの?俺にないのにお前にあるわけないだろ?…ねヒョク、俺にチョコないの?いっつもくれないよね?ないの?なんで??^^」

俺は直後に平手を飛ばしたが、俺の行動を知り尽くしたドンヘの手が、俺の手首をハシッっと掴まえた。ドンヘは嬉しそうにニヤーっとしている。はー。こんな俺の動作が結局はこいつを喜ばせてるって事、いい加減に学習しろよ俺…。

「ドンヘー愛してるよ♡ノーチャレンジ、ノーチェンジだよ!また連絡するねー」

シウォンは、お取り寄せでしか手に入らないとされる、東京の有名ショコラティエの高級感半端ないチョコレートを俺達それぞれに渡すと、じゃ!と、さっさと部屋を後にした。



「ウニョガー」

ホッとしたのも束の間、呼ばれた声に振り向くと、久し振りに見る顔がそこにあった。中つ国(なかつくに)新聞広島本社のチョ・ギュヒョンだ。

「あれー!何でここにいんの?」

「そんな言い方ないでしょう。折角ヒョンに会いに来たのに」

「俺にわざわざ?」

「仕事のついでですよ、ついで。ドンヘヒョンのバカが移ったんですか?…はい、これ」

キュヒョンは相変わらずの口調で俺を軽くいさめると、手さげ袋を俺に差し出した。するとドンヘが焦ったようにキュヒョンの前に立ちはだかった。

「なにキュヒョナ…チョコでヒョクを釣ろうっての?そんなのダメだよ!!ヒョクには効かないよ!!!」

「お土産のもみじ饅頭ですよ」

「紛らわしいよ!」というドンヘの威勢のいい抗議も、「今度買ってきてって、この間、あなたも言ってたでしょうが」というキュヒョンの冷静な反撃に、あえなく失速した。俺の後ろに回り込んだドンヘは、俺の首に文字通り、噛りついて唸っている。

「ドンヘヒョン、相変わらずイケメンで花畑ですね。まあ、ヒョクチェヒョンと仲睦まじくて何よりですよ」

中つ国新聞に出向中、キュヒョンにはとても世話になった。お互い気も合い、今では最も親しい友達の一人だ。キュヒョンはいつも「僕は、生まれ変わったらドンヘヒョンの顔になりたいです。他の部分は絶対に嫌ですけど」と、彼なりの褒め言葉で、ドンヘに親愛の情を示している。

「さて、お土産も渡したし…ヒョクチェヒョン、ドンヘヒョン、またね。…リョウガ、ちょっと仕事してくるから、後で薬学部のイェソンヒョンをからかいに行こう」

キュヒョンはそうリョウクに声をかけると、フロアの出口で「失礼いたしました」と一礼し、総務を後にした。

リョウクは可愛らしく「おっけー♡♡♡」とキュヒョンに手を振ったが、直後、俺たちをキッと睨み、「バレンタイン、爆発しろ!」と言い放った。…俺たち、リョウクに何か悪いことしたのかな…。

この不思議な展開に、すっかり置いてきぼりを喰らったドンヘのファンや、見ない振りをしてくれている気の毒すぎる職員達に、俺は心の中で深々と頭を下げた。



その後、昼休みの終了とともに、バレンタインのイベントは一旦中断した。そして勤務時間後に再開し、結局俺達が本部棟を出た時は夜の8時を回っていた。

寒さに首をすくめながら、駐車場でふと空を見上げると、晴れた真冬の夜空に無数の星々がチラチラと儚げな光を放っていた。その美しさに暫し見とれていたら、ドンヘがトランクから何かを取り出し、俺にそっと付き出した。

「ヒョク、これ俺から。ハッピーバレンタイン^^」

それは小振りの浅いカゴに盛られた、焼菓子やチョコレートやキャンディーの詰め合わせだった。透明なラッピングには、金や銀、ロイヤルブルーのリボンがふんだんに飾られている。

俺は想像した。ドンヘが女の子達で賑わうスイーツの店で、この可愛らしいギフトを選び、レジで会計する姿を。お客も店員もみんなドンヘをチラチラ見て、こんな人から貰える人はいいな、と思ったんだろうな。

添えられたカードには、"ヒョクへ、愛を込めて ドンヘ" と、いつもの筆跡で書いてある。

俺が何にも言えないでいると、ドンヘが上半身を横に45度曲げ、不安そうに俺の顔を覗いてきた。

「あ、好きじゃないやつ、入ってた?」

そんな心配しなくていいのに、どこまで優しいのかよ。

「…全部好き」

俺はドンヘを強く抱きしめて、その耳元に囁いた。

女の子達は、ドンヘの黒く澄んだ瞳の中に、この夜空のような煌めく月や星を見ているのかもしれない。そしてその瞳に、いつか自分が写るのを夢見ているのかもしれない。

でも、その全部が俺ひとりのものだってことを、ドンヘは今、全身で俺に伝えている。バカみたいに、これでもかってくらい俺を強く抱きしめて、ただ静かに、喜びに身を震わせながら。


バレンタインデーはめんどくさい。
でも、最高の日でもある。



おしまい

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余談@
今年に限って、自分に来るチョコがドンヘに比べると圧倒的に少なかったことに、何となく納得がいかないヒョクチェでした。でもこれは、「ヒョクチェにはもうアツアツの恋人がいるよ。チョコなんてあげても無駄無駄…」と、ひと月も前から、あちこちで予防線を張っていたドンヘの仕業のせいかも知れません😄

余談A
薬学部のキム准教授は、アポなしでやってきた後輩2人に散々からかわれ、勿論夕飯まで奢らされました。でも2人はヒョンに、用意していたチョコをあげました。



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