見つめていたい


□見つめていたい
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(1)ヘンなレジ係


ヒョクチェは溜息をついた。
腹の虫を黙らせてくれる食べ物がないかと目の前の通路を眺めた。今日は仕事に手こずって最悪の日だった…。何しろそこそこの時間に帰るためにはランチの時間も潰さなければならなかったのだ。

ヒョクチェはネクタイの結び目を解き、それぞれの端をだらんと首から下げ、ワイシャツのボタンを上から2つ目まで外して首元をリラックスさせた。そして通路をもう一度見回すと、グミーベアーを適当にカートに投げ入れ、あとはジャンクフードをしこたま放り込んでレジに向かおうとした矢先、携帯が鳴った。スクリーンを見るとルームメイトの名前がチカチカしている。ヒョクチェは呻いて通話ボタンを押した。

「何が要るの?」 

ヒョクチェはイラついた。彼のルームメイトはヒョクチェの支払いだろうと何だろうとお構いなしに買ってきて欲しいものを際限なく上げ連ねるのだ。初めは大人しく彼女の要求を聞いていたが、更なる追加リストを聞かされた挙げ句に電話を一方的に切られると、ヒョクチェは目の前の棚に頭を打ち付けたい衝動に駆られた。

しかし今は携帯に向かって眉をひそめるにとどめた。結局この支払いを立て替えてやることが、ここから抜け出せる最も簡単な方法なのだ。しかめっ面の無言のままで彼自身の買い物もカートに入れるとヒョクチェは順番待ちの一番少ないレジに並んだ。

「フーン…」

コンドームの大箱をスキャンしながら、そのレジ係は興味ありげに言った。

「買いだめですか?今夜はお楽しみのようですね?」

ヒョクチェはカートに入れた商品が何だったのか、レジの台に並べるまではほとんど気に留めていなかった。チョコレートシロップ、コンドームの大箱、タバコ、そしてチョコビ3箱etc…というのは、確かに何か奇妙な取り合わせではあった。だが、チョコビにチョコレートシロップをかけて食べるのがヒョクチェの好みだとか、それ以外の商品は彼のルームメイトの注文だなんて、そのレジ係には知る由もない。

「そんなの、ここ1年ご無沙汰だよ。」

ヒョクチェはうっかり即答したが、答えた後で目を丸くして少し赤くなった。

「いや…別に、きみには関係ないだろ…。」

そのレジ係は笑ったが、少しも馬鹿にしたところは無かった。

「すいません。でも、ここにあるのが意味深なものばかりなので、つい。」

その主張を証明するかのように、レジ係はヒョクチェの買い物からホイップクリームの缶を手に取ると、口をすぼませた。

「ホーオ…」

頬がますます熱くなるのを感じながら、ヒョクチェはホイップクリームの缶を奪い返してカウンターに戻した。

「ちょっ…あのな、チョコビにホイップクリームとチョコレートシロップをかけて食ってみろよ!凄くうまいんだから。それに…その…コンドームの大箱はルームメイトの注文で、俺のじゃないし…。」

「あァ、それは失礼しました。」 

そのレジ係は大きな声でクスクス笑った。

「毎晩お楽しみにコト欠かない人かと思ったんだけど…。ハズレだったかな…。」

「あいにく、十分楽しくやってるよ!」

ヒョクチェは自己弁護した。

「本当だよ!実際、こいつらがあるともっと楽しいんだ。ほんとに。」

ヒョクチェは硬い表情でうなずくと、真っ赤になった。

一体どうして自分はこのレジ係にこんな話しをしているんだろう?そして彼のネームタグを見て言った。

「はずれって、何なんだよきみ…ドンへ?」

「うん?」 

眉を上げドンへはクスクス笑った。

「ごめんなさい。僕の想像をブチ壊されたと思ってそう言ったんです。でもそんなことないかな?実際どうなんだろう?」

ヒョクチェはこの奇妙なやり取りに戸惑っていた。しかし財布を取り出すと、出来るだけ品位を取り戻そうとレジ係に作り笑いをして真っすぐ彼を見つめた。

「さ、どうぞ思う存分、妄想に耽ったら?それしか出来ないんだろ?」

「あなたの事を少しだけど、知る方法があるよ。」

ヒョクチェの視線に難なく応じると、ドンヘはカウンター越しにヒョクチェに近づき、彼の思考が追いつかないうちに自分の唇をヒョクチェに押しつけた。

え?…ええええええーーー???

このキスはヒョクチェを完全にパニックに陥れた。思いがけない展開に頭が追いつかず、咄嗟にキスをやり返すという選択肢しか思い浮かばなかったのだ。ヒョクチェは悔し紛れにこのハンサムなレジ係の下唇を吸うと、人差し指でその胸を押しやった。どうか誰も見てませんように…。

唇を舐め、ドンへは興味津々に目をきらめかせた。

「フーン…確かに、なかなか楽しかったなあ。」

しかし後は黙って残りの商品をレジで打つと、袋に詰めて告げた。

「35ドル60セントです。」

ヒョクチェはクレジットカードを取り出し、彼に差し出しすと生意気な口調で言った。

「さっきのキスも有料?それとも特別サービスなわけ?」

しかしドンへは挑発には乗らず、ヒョクチェにレシートにサインをさせると愛嬌良く微笑みながらカードを返した。
いいさ。ヒョクチェの幸運という事に関していえば、多分あのキスで俺はここから解放される。彼はレシートにサインするとそのコピーをカードと一緒にしまい、買い物袋を抱えて店を出た。ドンへはくすくす笑うと、お客さんを見送った。そしてその手のひらにある、なめらかなデザインが愛らしい携帯をいじり始めた。

「いつ気付くかなあ。」



座席に食料品を置くと、ヒョクチェは車を発進させ、店の駐車場を出た。しかしルームメイトに今夜の食事の事で電話をしようと服のポケットに手を伸ばし、はじめて携帯が無い事に気がついた。路肩に車を止めると車の中を探したが、じきにあのスーパーの通路に落としてきたのかも知れないと思い当たった。唸りながら、ヒョクチェはスーパーまで引き返した。

あのレジ係がいなければいいなと思いながら、ヒョクチェはルームメイトと話しながら歩いていたのはどの通路だったか思い出そうとした。そして歩いてきた通路を逆戻りしようとしたまさにその時、聞き覚えのあるレジ係の声を聞いた。

「あの、」 

ドンへは微笑んでヒョクチェの背中をたたいた。

「忘れ物ですか?」 

そしてヒョクチェの手に忘れ物の携帯を差し出した。

「あなたの携帯?」

ヒョクチェは振り向くなり自分の携帯を引っ掴んだ。

「俺のだ。ありが…待って。これ何処にあった?きみのレジに置き忘れたのかな?」

しかしドンへは肩をすくめるとバイバイしながら立ち去った。 

「またね。」




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