a kingdom of our own


□a kingdom of our own
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ニューヨークと言えばマンハッタン、自由の女神、ミッドタウンのまばゆい光など、数え上げたらキリがないが、彼らは記憶の奥底からの声を頼りに、思い出の場所から訪ねることにした。

ヒョクチェにとってニューヨークの思い出といえば、カメラを持った女の子達や空にそびえるビルの群れ、果てしない青い海などだ。かつては固唾を飲み、畏怖の念を抱かせたメディアのフラッシュは今や、まばゆく過ぎ去る輝きにすぎず、歳月と共にありふれた火花へと変わり、彼の記憶の中でただよろめいていた。

ドンヘは何もかも憶えていると言う。タイムズスクエアの、このトイザらスの前でユノが俺たちのセルカを撮ったとか、マクドナルドのトイレにiphoneを置き忘れたなどとクリスタルに騙されたとか。


「フェーム」 はニール・サイモン・シアターで上演されていた。当日券を買うために、ドンヘはチケット売り場が開くまでの2時間、タイムズスクエアの真ん中で待とうと提案した。彼はミュージカルにさほど興味があるわけではないが、ヒョクチェが「フェーム」に出演した時は最後まで観ることが出来たのだ。今回もきっと出来るはずだ。

終演後シアターから出ると、もう夜の10時を回っていた。タイムズスクエアの電光の一つ一つが灯る中、ヒョクチェは「フェーム」について細部にわたるまで嬉しそうにしゃべった。マンホールの穴から渦巻く蒸気やLEDディスプレイ、何千人もの観光客たち。初めて訪れた時程ではないが、永遠に続くようなこの夜を心に焼き付けて、決して忘れたくはなかった。ドンヘがあやうく切符をなくしそうになったこと以外は特に何事もなく、彼らは地下鉄でホテルへ向かった。ホテルへの帰り道の10番街でカップケーキを買った。

グリニッジビレッジの夜は奇妙に思えるほど閑静だ。最上階のディナーパーティーから聞こえるひっそりとしたざわめきや、夜通し続くスシ・バーの喧噪が静寂な夜に包まれている。

この界隈には色んなものがちょっとづつある。老齢のご婦人方がその夜最後の犬の散歩をさせていたり、とある曲がり角にはカソリック教会があり、その次の曲がり角にはメソジスト教会がある。ティーンエイジャーの男の子達が道ばたでたむろしているし、パキスタン人の家族が夜更けの散歩を楽しんでいる。  

ちょうど彼らがカフェを通り過ぎた時、ヒョクチェは街路樹の伸びきった木の枝につまずいた。大丈夫かとドンヘは聞き、とうとう歩行器が必要になったのかな?などとヒョクチェをからかったが、ヒョクチェは聞いていなかった。彼は通路を横切る女の子達に目を奪われていた。

ヒョクチェ自身、この時点で既に世界中を渡り歩き、世間というものを知り尽くしているはずだった。そして彼の育ち方や世間から受け続けてきた好奇の眼差しが、あまりにも大胆不敵で怖いもの知らずの連中を目の当たりにした時の、そのショックから直ぐに立ち直れるツールのようなものをヒョクチェに与えていた。

その女の子達は二人とも可愛らしく、ブロンドで、細いふくらはぎをブーツで締め付けていた。彼女たちの指はしっかり絡み合っている。女の子同士で手を繋ぐことは何も目新しいことではない。友達同士で手を繋いだり、ハグしたり、内輪の冗談に引き込まれて笑い合ったり。でもヒョクチェは何かもっと特別なものを感じることができた。肩と肩を触れあわせる、この開けっぴろげな親密さは、見る者全てにあからさまだった。

「…ヒョク?」

ヒョクチェはその二人がレストランに入ると目をそらした。手は冷えきっている。今年の夏の夜の風は暖かいのに…。そして心配顔のドンへに微笑んだ。

「何でもないよ。」

ドンへはホテルのフロントドアを開けるのに手間取っていた。ヒョクチェはそんなドンヘの手から鍵を取り上げると、彼の手に自分の手を添えながらドアを開けた。添えられた手を素早く握り返すと、ドンへは夜間警備員に軽く会釈し、ヒョクチェの後についてエレベータに乗った。ドンヘはエレベーターの奥の隅にヒョクチェを追い込み、ヒョクチェは口の中に残る砂糖をドンへに味わわせた。

ドンへの親指がヒョクチェの指の関節をなで、冷たかったヒョクチェの指はすっかり暖まった。




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