requiem for innocence


□requiem for innocence
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みんなドンヘを抜けているとかバカ等とからかうが、ドンヘは別に気にしてない。ヒョクチェは逆にそう言ったことを気にしすぎる。余白にきっちりメモするくせに、その実、さほど分かっちゃいない。

もう何週間も経つ。何週間もだ。うんざりだ、とドンヘは思う。ドンヘはヒョクチェの腕をやや強めに掴んだかと思うと、おもむろに投げ放った。ヒョクチェの肩はがくんと揺れ、その拍子にタバコの灰が床に落ちた。火事を恐れて二人の目は大きく見開かれ固まったが、スニーカーの下の傷だらけの黒いテープが剥がれかけたフロアに、薄黒い痕を付けただけだった。

「おまえは…なんてことするんだよ?殺されるぞ!」

ドンヘは吸っていたタバコを空のペットボトルに投げ入れた。それは一瞬ジュジュッと呻いて完全に力を失った。そしてヒョクチェのタバコを指から取ると、同じように投げ入れた。

「誰も気付きゃしないよ。それに俺たちだってバレっこないし。」

「イ・スマン先生はさぞかしガッカリするだろうよ。」

「イ・ヒョクチェ。お前は本当にいい子ちゃんなんだな。」

「ばか言え。いい子とか言うな。」

「いい子だよ。」

「違うね。」

「じゃあ証明してみろ。できるか?」

ヒョクチェは鼻孔を広げ、汗まみれの両手でドンヘの胸のTシャツをしわくちゃに掴むと、少しためらいながらもグイと引き寄せ、ドンヘにキスをした。やっと。しかしほとんど間を置かずにドンヘを突き放した。

「お前、灰皿みたいな味がする。」

「言っちゃ悪いけど、今のお前だって綿アメみたいな味じゃないし。」

「う…。」

ドンヘは直ぐにヒョクチェを引き寄せて、再びくちびるを重ね合わせた。汗ばんだ手や凍えた唇は気持ちの良いものではない。しかしどちらにしろドンヘの欲望のままにヒョクチェは自らの口を開けるのだ。ヒョクチェの首筋は、ドンヘの指がよく知っている暖かさだ。その熱がドンヘの血脈を這い回り、筋肉や骨を通して彼の全身をヒリヒリさせる。

キスっていいものだ。キスはいつだって素敵だ。しかしドンヘはヒョクチェのシャツをたくし上げ、その腹部が小刻みに震えるのを直に感じたかった。互いの汗を押しやり、体中に触れ、口づけたかった。そして溜まりに溜まったこの疼きを解放したかった。

ヒョクチェも同じ気持ちのはずなのに、彼はドンヘの下唇をはみ、その指をドンヘの肩に食い込ませ、喉の奥から誘うような音を聞かせるだけでドンヘをギリギリまで追い詰める。忍耐というものを学ばなければならないとしても、ドンヘにはおそよ耐えがたい時間だ。

「待っ…ダメだって……俺たちこんな…おいってば!」

練習室のトイレに駆け込むなんて、ヒョクチェはきっと文句を言う。でもドンヘには一度火が付いてしまったタバコをどうしたらいいのかも分からない。幸いふたりが個室に滑り込んだ時、周りには誰もいなかった。

とたんにヒョクチェは壁に追い立てられ、ふたりは互いの口を大きく開け、唇を滑らせ、腰を蠢かせた。肌に突き出た骨とぬめる肌に歯を立て、まだ未完成の肢体にすべるように指をはべらせる。

このダンスは互いの動きを合わせる必要はない。エイトビートもない。ただむき出しの感情に赴くまま体を動かすだけでいい。ここ最近、ドンヘが最も気に入っているダンス。ヒョクチェも好きなはずだ。なぜならヒョクチェの首筋に顔を埋めキスするたび、その鼓動はドンヘと同じように不規則になり、髪は逆立ち、息も絶え絶えになるのだから。このダンスはこうでなくちゃ。ふたりは常に一緒なのだから。ヒョクチェは声を震わせて、ドンヘの口の中に投げかけた。

「練習しに来たんだろ、こんな…ところ…で―」

ドンヘの腹の内側から急激に大きくなった炎は、みるみるうちに骨にまで達し、しばらくの間そこで煮えたぎっていた。ヒョクチェを不安がらせたくはないと思う彼の気持ちに嘘はなく、純粋な想いだ。しかし自分を前に、ヒョクチェだってその肌を燃え上がらせている。明るい髪に差し入れた指が気持ち良い。誘うような唇。睨みながら潤む目。ドンヘは、どんな後悔でも押し退けてやると決め、ヒョクチェの肌を引き寄せた。親友なんだから少しぐらいワガママしても許されるはずだろう?

スウェット越しに感じるドンヘの欲望がヒョクチェを不安にさせている。その指がヒョクチェのヒップのへりをたぐり、隙あらば推し進んでくるのだからムリもない。ドンヘに荒ぶる腰を押しつけられ次第に欲情に呑み込まれそうになり、ヒョクチェは駄々をこねはじめた。ドンヘはその首筋を強く咬み、焼けるような肌など構わずに、ヒョクチェの熱を服の上からなぞった。

ドンヘの指がヒョクチェの濡れた髪を梳く。気だるく物憂げな微笑みを浮かばせると、ふたりはお互いのアゴをくっつけた。

「なんでいっつもお前の言うことを聞いちゃうのか、本当はわかってる…。」

ヒョクチェは囁いた。

鼻を鳴らし、ドンヘは微笑みながらヒョクチの胸を拳で押した。





ふたりは一時の役目を終えた互いの手を蛇口の下に滑り込ませ、素早く洗い流すと床に座り、身を寄せ合った。今はヒョクチェがタバコを受け持ち、ドンヘはその煙が自分達の頭上を越えて部屋に充満していくのを見ている。体の火照りはもうすっかり収まっていた。

やがて火災探知機がけたたましく作動すると、ドンヘは慌てて火を消し、誰もわかりゃしないとヒョクチェに言い聞かせながら証拠となりそうなものを急いで拾い集め、ヒョクチェの手首を引っ掴んで練習室を飛び出した。もの凄い勢いで廊下を走り、狭い階段を駆け降り、ようやく誰にも捕まらない安全な場所まで辿り着くと、ドンヘはゲラゲラ笑いながらヒョクチェの口に息を吹き込んだ。

そのキスは、自由という味がした。



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