見つめていたい


□見つめていたい
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(2)ストーカーボーイフレンド


黒のスキニージーンズにスエットシャツといういでたちで、ヒョクチェは店の入り口の外側の壁にもたれてドンヘが現れるのを待った。他人を評価するような厚かましいことはしたくないが、もともと時間に几帳面な性格なため、この待ちぼうけを喰らっているような気分は好きじゃなかった。ヒョクチェは両足に体重をかけ、髪を掻き上げ歩道を見おろした。

ドンヘは気づかれないように、ヒョクチェの真後ろに立ち、かがんで彼の耳に軽く息を吹きかけた。

「ハロー?」

悲鳴をあげ、ヒョクチェはバランスを崩し前のめりによろめき、もう少しで自分の足につまずくところだった。そして振り返り、ドンヘを見つめた。

「何だよ!びっくりさせるなよ!」 

自分自身のリアクションが可笑しくて、ヒョクチェは目を細めて明るく笑った。

「それが見たかったんだ。でもこれほどとは思わなかったよ。きみの魅力の1つだね。」

ヒョクチェは少し目を剥いてデリの店内に入っていった。

「腹が減ったな…何かオススメある?」 

サンドイッチの列を眺めながらヒョクチェは尋ねた。

「ここで食べる?それとも公園に行く?きみが疲れてなければの話だけれど、天気も良いし…。」 

そしてドンヘの様子を確かめた。

「うーん?」 

ドンヘはうなずく前に、自分のスーパーマーケットの仕事着を見おろすと言った。

「うん、疲れてる。でも公園でピクニックっていいね。それにここのサンドイッチは結構美味しいんだよ。俺のオススメはチーズ入りステーキサンドだけど、高いから普段はツナサンドにするんだ。でもモカは絶対に外せない。」

「オーケー、俺もきみと同じものにするよ…それから、余裕が無いなら俺の分まで払わなくていいよ。金が無い状態がどんなもんか分かってるから。」 

ヒョクチェは心から言った。

「いや、もちろん俺の奢りだよ。俺がご馳走するって言ったんだ。それに紳士はデートで相手に払わせたりはしない。」

ドンヘはふざけてお辞儀をし、デリの中に入って行く前にヒョクチェにニヤリとした。

「ここで待ってて。俺が買ってくる。」

「わかった…。」 

ヒョクチェはドンヘの演技に歯茎をむき出して微笑むと、その言葉にうなずき、一歩退いてドンヘに道を譲ると入り口付近で彼を待った。間もなくドンヘは手に紙袋を提げて店から出てきた。

「よし、行こうか。道案内をしてくれる?この公園の辺りはよく知らないんだ。」

「もちろん。」 

ヒョクチェはうなずき、ドンヘを公園の入り口までリードした。

「で、何で俺がアップルボーイなわけ?」
 
座る場所がないか見回しながら、ヒョクチェは尋ねた。

ドンヘはクスクス笑うと、ヒョクチェの腕を引っ張りながら空いている場所へと向かった。

「きみが名前と仕事を教えてくれたら話すよ。」

ヒョクチェは笑って腰を下ろすと居心地の良いように座った。

「じゃあ、初めまして、ドンヘ!おれはヒョクチェ。」 

まるで今初めて会ったかのように自己紹介をして手を振った。

「ふう。おれは多大な時間とエネルギーを必要とする仕事をしている。会社はイ・ホールディングス。うーん、俺の仕事をどう説明したらいいかな。大抵は仕切られている部屋もしくは役員室でリサーチ業務をしたり、人と議論してる。で、アップルボーイっていうのは?」

「え…イ・ホールディングス?」 

ドンヘは一瞬止まり、彼の顔には奇妙な表情が浮かんだ。

「ああ、うん。知ってる?」 

「え?うん。以前そこで働こうかと思ったことがあって。」

狼狽えたようにドンヘは微笑んだ。

「オー、じゃあもしかしたら同僚になっていかもね!」

ヒョクチェは微笑んだ。

「ね…社長の息子のこと知ってる?」

「いや、息子は見たことない。良くない噂を耳にするけれど、会ったこともない人間を批判できないだろ?なぜ?」

「いや、いいんだ。何でもない。おれも噂を聞いたことがあると思ってさ…。」 

少し緊張してドンヘは微笑むと肩をすくめた。

「で、何できみをアップルボーイって呼んだか知りたいんだろう?」 
 
「何でだよ?」

紙袋に手を伸ばし、ドンヘは飲み物を取り出すとヒョクチェに手渡した。

「どうぞ、飲んで。」

ヒョクチェはまばたきしたが、飲み物を受取ると一口すすった。

「で、何で?」

ドンヘはヒョクチェを見ていたが、見ていないようでもあった。どこか特定の部分を見ていた。そして少しうっとりして溜息をつくと言った。

「もう一度飲んで。きみののど仏(adam’s appleアダムズ アップル)が上下に動くのが好きなんだ。」

「はあ?」 

ヒョクチェは身を引いてドンヘを見つめた。

「わかった。きみはイカレ野郎だ。」 

ショックのあまり、ヒョクチェは笑い出した。

「夜中の2時に電話をさせる、ストーキングする、店内でおれのケツを眺める、そしてこれだ。ワオ、OK。きみが犯罪とか接近禁止命令に関係なけりゃいいんだけど。」 

ヒョクチェは面白がってドンヘに言った。

「人が思いもよらない事を話したがるっていうサディスティックな傾向はどうしようもないんだ。」 

ドンヘは笑って、上半身を起こすとサンドイッチを袋から取り出した。

「本当はさ、みんなおれがするような事をしたいんだと思うよ。ただ、あえてしないだけで。」

「まあ一部の人達はそういう事に不快感を示すからね。」 

ヒョクチェは微笑みながらサンドイッチの包装を取り除いた。

「けど、きみがすると何だか可愛いらしいかも…。」

「可愛らしい?」 

ドンヘはサンドイッチを吹き出し、具のビーフをそこら中にぶちまけた。

「そんな風に言われたのは初めてだよ。」

「おれもストーカーを受け入れたのはこれが初めてだ。」 

ヒョクチェはそう言うとナプキンをドンヘに渡した。

「気をつけて、窒息するなよ…。」

ドンヘはニヤリと笑ってナプキンを受け取ると散らかしたものを拭き取った。

「つまり、受け入れるっていうのがキーワードだ。実際きみは大勢の人から見られていたはずだ。
ただ、誰もその事実を受け入れなかっただけ。」

「なんかおれ被害妄想に陥りそう。」 

ヒョクチェは頭を振った。そしてサンドイッチにかじり付くと人けのない公園を見渡して、そよ風を満喫した。

「でもね、これからは俺がきみを守るから。」

ドンヘは笑い、ヒョクチェのウエストに腕を回した。

「俺たちストーカーは極めて縄張り意識が強いんだ。」

ヒョクチェはクスクス笑うと、ドンヘに頭を横に振ってみせた。自分のウエストに回されている腕に少し顔を赤らめると飲み物を置いた。

「へえ?つまりこれからは俺の専属ストーカーになるってこと?」

「まあ、きみが嫌なら別だけど」 

ドンヘはにっこり笑うとヒョクチェの飲み物を飲んだ。

「うーん。事と次第によるな。」 

ヒョクチェはドンヘを見つめて同じ飲み物をすすった。

「また誘いたい?」

「事と次第によっては。」 

ドンヘは言い返した。

「また誘われたい?」

「今日がどんな風に終わるかみてみよう。その時、おれの専属ストーカーのポジションがまだ空席かどうかを教えるよ…。」 

ヒョクチェはからかうように歯茎を見せて笑った。

「空席かどうか分かる方法を知ってるよ。」

ドンヘは笑い、飲み物には目を向けずヒョクチェに身を寄せるとその甘い唇を押しつけた。
今日のヒョクチェはリラックスしていた。ドンヘのキスに微笑むと自分もキスを返し、飲み物を静かに置いた。ドンヘはそっと、しかししっかりと舌をヒョクチェの口に滑り込ませた。
そして両手を伸ばしヒョクチェの髪に絡ませると髪の毛を優しく愛撫し、ヒョクチェの頭を後ろに傾け、舌を更に奥に届けて、更に深く味わった。

ヒョクチェは満足気に小さな声を漏らすと、片方の手でドンヘの顔に触れた。そしてその手で頬を包み込むと彼のリードに任せた。

…キスは素敵だった。

すると突然ドンヘは離れ、はにかんでヒョクチェの唇を舐めた。

「この続きが気になるなら今度はきみが俺をデートに誘わなきゃ。」

「その気にさせたな…。」 

ヒョクチェは身を離すと再びサンドイッチを食べ始めた。

「このデートが終わったら答えを出すよ。食べた後はどうする?」

「正直言うと、食事の後のことはあまり考えてなかったんだ。」 

そう打ち明けると、ドンヘは溜息をついて後ろにもたれた。

「デートとか、ほとんどしてないんだ、本当に。」

「えぇ?」

ヒョクチェは頭をかしげた。

「ストーキングで忙しかったのか?それとも長く付き合っていた人と別れたばかりなのか?」 

ヒョクチェは不思議に思った。そして暖をとるために両腕をこすった。

「俺はただ…今日きみが本当に来ると思ってなかったから。」 

ドンヘは肩をすくめた。

「俺に口説かれた時、からかわれていると思ったろ?それに普通はスーパーのレジ係と付き合おうなんて思わないし。」

全く予期していなかったその言葉にヒョクチェは目をぱちくりさせた。

「ばかげてる。職業がそんなに重要なのか?みんながみんな華やかな仕事についているわけじゃないし」 

彼は眉をひそめた。

「そんな人達は気の毒だな。きみとは知り合ったばかりだけど、きみはまともな奴だと思うよ。ちょっとサディスティックでストーカー野郎だけど…まともだよ。」 

ヒョクチェは陽気にからかった。




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