「ねぇ、ミザエル。お嫁さんに来ない?」
思わず名前に睨みを利かせた私は間違っていない筈だ。
「………ダメなの?」
「ダメだろ」
呆然と聞いてくる彼女に、思考せずとも言葉がでた。
というより、なぜ "いいこと"が前提で話を進めようとしているんだ、こいつは。
「いきなりなんなんだ」 私の台詞に名前は、「いきなりじゃないよー」と語尾を伸ばしながら言ってきた。抜けた感じが、なんとも脱力感を誘う。
「ずっと思ってきたもん。ミザエル、美人さんだし、スタイルはいいし、バッチしじゃん」
「一体 何がバッチしなんだ」
「私のお嫁さんになるのに」
そもそも貴様は女だろう。 私が呆れ半分に言うと、名前は「そうだけどー」と、また語尾を伸ばした。 やめろ、力が抜ける。 言い合っているのがバカらしくなってくる。
私の反論させる力を削ぐために、そういうしゃべり方をしているのか……? それは流石にこいつを買いかぶり過ぎだな。
「でも、バリアン世界って、人間界とは違うんでしょ? 法律とか………そもそも、性別すら無いんじゃない?」
「あぁ、そんなものは必要ないな」
「だったら、ミザエルがお嫁さんでも良くない?」
「良くない」
そんな言葉の羅列で私を出し抜けるとでも思ったのか。 きっぱりとした私の拒否に、名前は唇を尖らせ、「うー」と唸っている。
「なんでよー。ミザエルは嫌なの?私のお嫁さん」
「嫌だな」
「えー! ケチー」と、名前はまったく見当外れな文句を口にする。 一体何がケチなのか理解できない。 今日のこいつは、やけに意味不明なことばかりを発する。
「じゃあ、どうすればいいの?私はミザエルが好きで、結婚したいのに」
「なら、私を嫁にでなくともいいだろう」
「ダメだよ。だって、私がお嫁さんになると、バリアン世界にはそもそも結婚という概念が無いであろうから、出来ないんだもん。 私が嫁ぐって無理なんだよ」
なるほど、確かにそうか。嫁ぐということはその世界に入るということになる。 郷に入れば郷に従え。人間界の言葉で言うと、こういうことになるだろう。
名前が私たちの世界に入れば、嫁ぐという概念が存在しないことになるため、結婚することが出来ない。 もし私が人間界に嫁ぐとするのであれば、まず私たちには性別という概念が無いため、私を「女」と捉えて、結婚することが出来ると。つまり、そういうことか。
実にバカバカしい。
「名前は私と結婚がしたいのか」
「うん、そうだよ」
私の嘲るような言葉に、名前は平然と答えた。 というか、私を「女」と捉えるのであれば、名前も「女」であるのだから、結局 結婚出来ないじゃないか。
いまいち考えが巡りきっていない彼女を、鼻で笑ってしまう。
「やだよ、ミザエル。 バカにしないでよ。私は本気なんだよ」
「本気だというのなら、回りくどいことなど考えなくてもいいだろう」
なんだ 「嫁ぐ」だとか、「性別」だとか。 面倒くさい。
本気ならばルールや概念など考えなくともいいものを。 そもそもバリアン世界の概念なんて、元から無いのだから、創ってしまえばいいじゃないか。 何もない世界での概念創造など、片手間で出来てしまう。
「私と結婚しろ。私たちで概念を創ればいい」
「バリアン世界に?」
「ああ、そうだ。貴様は私に嫁げ」
分かったか? 私がそう念を押せば、名前は暫く口を半開きにし、固まる。 そうして数十秒の静寂の後、ボロボロと涙を流しだした。
「私はどうすればいい?」
「抱き締めて、欲しい……」
彼女の頼み通り、私は泣きじゃくる名前を抱き締めた。
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ミザエルに「お嫁さんに来て!」って言う主が書きたくてやりました(´∇`)