YGO短編2

□世界で一番憎い人
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ベクターは、私を痛め付けることを喜びとしている。私はそれが、めちゃくちゃに苦しくて、本当に嫌だ。ベクターが、憎い。

自分の思い通りに行かなかったことがある度に、拘束した私を蹴る。 ストレスの溜まっている時や、衝動的に……などという理由で暴力を振るってくることもある。

その時に見せる涙なんて、私は信じない。苦痛を吐き出す彼なんて、私は知らない。 そうだ、彼は私を痛め付けて至福を感じているんだ。憎い。汚い。


「かはっ」


今日も黙って蹴られていると、ベクターの勘に障ったのか、鳩尾を蹴られた。彼は必要以上に私の声を聞きたがる。

私が踞って噎せていると、ベクターの足が私の頭を踏みつけた。ギリッ という鈍い音がして、節々が悲鳴を上げる。


「ぐぁ……っ」
「色気のねぇ声上げんなァ、お前」


そう言ったと思うと、ベクターは足を退けた。私がその隙に息を整えていると、ベクターが目の前にしゃがみこみ、また一つ涙を溢した。私はそれを疑念の面持ちで見やる。真っ黒な涙。


「なァにやってんだろォなァ、俺……」


そう泣き声を上げるベクターは、黒いジャケットの袖で涙を拭い、私の身体を持ち上げる。そして、先ほど踏みつけてきた部分を優しい手つきで撫でてきた。まるで、労るかのように。
私はその行為に何も言わない。何も思わない。何も感じない。


「ごめんな。ごめんな。好きなのにな。愛してるのにな……」


謝罪を繰り返すベクター。それがなんだ。謝って何になる。全て、嘘のクセに。謝る気なんて無いクセに。愛してなんて無いクセに。私をなんだと思っているんだ。冒涜するな。私は人間だ。まるで、死なないモルモットのように扱いやがって。何を今更。


「ごめんな。最後まで、こんなことしか出来なくて……」


最後……?
毎日、私を痛め続けた彼が、最後と言った?


「どう、いう、こと……?」


切れて鉄の味がする口を必死に動かし、声を出す。すると、ベクターは一度驚いた顔をして、感覚の無い私の右手を握ってきた。


「俺、バリアン世界に戻ってよォ、遊馬をぶっ倒す。そして、この世界を滅ぼす」
「………そう」


彼は異世界人。自分たちの居場所を守るためにこの世界を滅ぼすらしい。命もかかる、大切な戦いだと、遠くなる意識で聞いたことがある。
それがなんだ。それを私に言って、どうしようと言うのだ。


「もう、時間だな」


ベクターはそう言うと、私の拘束を解き始めた。久し振りの自由なのに、私は素直に喜べずにいた。なぜ?やっとベクターから解放されたと言うのに。

私が呆然とベクターを見上げれば、彼は下唇を強く噛み締め、踵を返す。そして、その身体は光に包まれ始めた。
気づけば、私は声を出していた。


「死な、ないで」


彼がいなくなる瞬間になって、やっと気付いた。いや、本当はずっと気付いていたのかもしれない。
痛いのは嫌だ。それは当たり前だ。でも、彼は私を愛していると言う。そうだ、私は目を逸らしたかったのだ。彼を悪者にして、盲目に盲信していたんだ。彼はきっと、本当に私が好き。でも、不器用すぎて不安定な彼は、暴力を振るうことでしか、自分を保てないんだ。彼だって、めちゃくちゃ苦しかったんだと思う。
最低で汚いのは私の方ではないか。もっと彼に向き合えばよかったんだ。私も、自分を被害者にして、かわいそうな自分を形成し、自分を保っていた。結局、似た者同士だったんだね。

ほぼ原型を留めていないベクターを抱き締める。


「死なないで、世界で一番憎い人」


粒子の腕は、私を抱き締め返す前に溶けて消えた。







……………………………………


精神不安定なベクターさん




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