おお振り小説(女性向け)

□焦がれる(泉×三橋
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人気の無くなった部室。
何となく、着替える手が遅くなる。
部員が一人、また一人と減る度に鼓動が高鳴ってしまっているのは俺だけなのかな。
・・・・期待・・・・しているわけじゃない、と思う。














「・・・・三橋。」


ついに他に誰もいなくなる。まさに二人っきり。
いつもとどこか違う声色で泉君に名前を呼ばれる。
ほんの少し低いような、落ち着いているようで、どこか淡い熱を帯びているようなその声に、自分の心臓が少し跳ねたような気がした。

お互いの顔は見えない。
泉君はもしかしたらこっちを向いているのかもしれないけれど、名前を呼ばれた時から周囲の空気が何とも言えない物になると、俺の体は固まってしまって、どうしても振り向くことが出来ない。
この瞬間に俺は慣れなくて、動かなくちゃいけない気はするのに、どう動いたらいいか分からない、すごく歯痒いような気持ちになる。












お互い無言のまま、動かないまま、実際は短いんだろうけど、俺にとってはとても長く感じる一時が流れる。
動いていないんだから、相変わらず泉君の様子は見えないけど、しばらくして、背後で泉君が俺に近付く気配を感じる。





窓からは、オレンジ色の夕日が薄暗い室内へと差し込んでいる。
まだ外には多かれ少なかれ生徒がいてもいいはずなのに、聞こえてくるべき喧騒は嘘みたいに静かで。
この部室という狭い空間で、俺の身体はすごい敏感に泉君の存在を感じる。
何も意識していないのに、その一挙手一投足を少しも見逃すまいと俺の全感覚が背中の方へと向かっているのが分かる。
俺は何故か少し苦しくなって、ギュッと目を瞑った。
視界は真っ暗になる。
すると、自分を中心として、まるで見えているかのように鮮明に泉君の存在が形どられていく。
暗闇の中、それが唯一つ、俺が見えるものになる。

泉君は、俺の背後1mくらいのところでいつも止まる。
そこで俺を待っているかのようなに動かなくなる。
ほとんどの場合、俺はまだ着替え終わっていないんだけれど、変な緊張感に包まれたまま着替えを続けられる訳なくて。


「・・・・ぅ・・・・うん。」


俺は何とかそれだけを喉から捻り出して、観念したように恐る恐る後ろを振り向く。
泉君は一瞬ほっとしたような表情になるけど、すぐに怖いくらい真剣な表情に変わる。














その後しばらくは泉君がどんな顔をしているのか分からない。




見えない、よ。








―――・・・・抱きしめられる、んだから。













泉君がゆっくりと更に俺へと近付くと、俺は、緊張と何だか良く分からない気持ちが頭の中でごちゃごちゃになって、無駄に力が入っちゃって、体がガチガチになる。
それに構わず、泉君の腕が俺の背中に回る。
初めはまるで腫れ物に触るかのようにゆっくりかと思えば、いきなりギュッと力強くなってドキッとする。
この時泉君の顔は俺の顔の真横にあって、どんな表情をしているのか見えなくて、少し不安になる。
でも、ちょっと経つと俺を抱きしめる腕の力が緩んで泉君が「はぁ・・・・。」と溜息なのか、吐息なのかよく分からない言葉を漏らすと、同時に俺の体からも力が抜けていって、そこでやっと俺も泉君の背中に腕を回す。











何度目かの秘め事。

誰もいない部室で、ただ抱きしめあう。
ただそれだけ。
どうして始まったのかも、よく分からない。












男同士でこんなのやっぱり変なのかもしれないけど。
泉君と触れている所からは、何か暖かい物が流れ込んでくるようで、俺は胸の辺りがほわってなるんだ。
その感覚が、その瞬間が好きで、無意識に俺は着替えを遅くしてしまっているのかもしれない。









・・・・泉君は、その一時の『戯れ』が終わっても、何も、言ってくれない。
・・・・ううん、ただ、いつもの声で、「帰ろう。」と言ってくれるだけ。
目も、合わせてくれない。







次の日になれば、何も無かったかのように、普段の部活仲間に戻るけれど。



どっちの泉君が、本当なんだろう?

どっちの俺達が、本当の関係なんだろう?


























ねぇ・・・・泉・・・・くん・・・・?
 

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