おお振り小説(一般向け)

□三橋とレン・発現F
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1階。校舎の隅に位置する保健室のドアの前。
どこからか生徒達の喧騒がにわかに響いてくるが、実際に用もなくここまでくる生徒は少ない。
人気があまりないという点では、ある意味たまり場にはちょうどいい場所ではあるのだが。


「三橋ー、保健室ついたぞ?」

「あ、うん・・・・そうだ、ね。」


ここまで三橋を抱えるように連れてきた泉は、空いている方の手で目の前のドアを叩く。
しかし、中から返事は聞こえてこない。
それを気にせず、泉はドアの取っ手に手を掛けた。














〜〜〜発現―7〜〜〜side・IZUMI・










「失礼しまーっす・・・・って誰もいねえじゃん。ったくあの保険医、職務怠慢もいいとこだよなー。」


泉達が中に入ると、暗い室内が目に入り、すぐに誰もいないことがわかった。
いつもなら休み時間には保険医の女性の先生がいるはずだったが、今はどうやら出かけているらしい。
鍵が掛かっていないとは何とも無用心だ。


(とりあえずこいつをどうにかしないとな)


相変わらずだるそうにしている三橋を保健室独特の白い天幕の掛けられているベッドへと促す。


「ほら、三橋はとにかく休め。どっか調子悪そうだぞ?」

「あ、うん、ごめん、ね・・・・泉、くん、連れて、きてくれて・・・・あ、あ、ありが、とう・・・・」


そう言って三橋がよろよろとベッドへと腰掛けようとする。
その言葉はたどたどしいが、内容はとても素直だ。


(にしても、本当に大丈夫かこいつ?なんかふらふらしてっけど・・・・)


三橋の様子を気にしながら保健室内の電気を点ける。
そこで泉は「あ」と声を上げた。
ビクッと三橋がベッドに腰掛けようとした体勢のまま固まる。
何かイケナイことでもしたのかと三橋の不安そうな目が泉に向けられた。


「い、い、いずみ、くん?どうか、したの?」

「いや、さすがにそのままベッドに上がるのはマズイかもなと思ってさ。・・・・お、丁度いいや、これ使わせてもらおうぜ。」


室内が明るくなった途端に自分達がいかに濡れているのかが良く見えたのだ。
泉は近くのテーブルの上に重ねてあった小さなタオルを2枚取り、片方を三橋の頭へと掛けた。


「わっ、と!」

「田島が着替え持ってくる前に一度しっかり拭いといたほうがいいよな。」

「わ、わかっ、た!」


(授業まで時間ねえからなー、早く田島来ねえかな・・・・)


泉が素早く体を拭き終わった時、三橋から「うひっ」という声が聞こえてきた。
いつも通りの三橋独特の笑い方だ。


「・・・・三橋?」

「あ、頭まで、びしょびしょ、だねっ!」


三橋はベッドの横にある丸椅子に座った状態で頭を拭きながら笑っていた。
その拭き方は乱雑で、ある意味三橋らしい。
三橋らしいが・・・・どう見てもしっかり拭けているようには見えない。
いつもは母親にでもやってもらっているのだろうか。


「・・・・三橋、タオル貸せ。」

「え?あ、いいいずみくんっ!?」


泉は三橋からタオルを引っ手繰ると座っている三橋の後ろに立ち、髪を拭いてやる。


(はあ・・・・何かこいつの兄貴にでもなったような気分だな・・・・)


兄弟が兄しかいない泉にとっては、なかなかこういう機会がないのだ。
ため息を吐いた泉に頭を拭かれながら、三橋は嬉しそうにまた「うひっ」と笑った。


「・・・・こいつも何が楽しいんだか・・・・」


ポツリと呟いた言葉は三橋には聞こえなかったらしい。














三橋も全身拭き終わり、後は田島を待つだけ。
一応まだ服が濡れているため、三橋はまだ椅子に座ったままだ。

ひとまず落ち着いたところで、泉は改めて三橋のことを見た。


(やっぱりさっきの出来事は夢なんかじゃないよな)


「・・・・なぁ三橋。」

「うひ?」


いつの間にか三橋の顔色はだいぶ良くなってきており、このままなら着替えたらすぐ教室に戻れそうだ。

泉は、さっきから何度も聞きたかったことを口にしてみた。


「なんでさっき三橋は屋上に行ったんだ?」

「・・・・え?い、いずみ君、達が、連れ、て行ってくれた、んでしょ・・・・?」


そう、屋上で三橋が目を覚ました時も同じことを言っていた。
しかし、どう考えてもそんなことは有り得ないのだった。
三橋はさっきの出来事を覚えていないのだろうか。


「あのなぁ三橋・・・・さっき屋上でお前『二重じんか―」

「・・・・ぁ・・・・!」


泉が屋上での出来事を説明しようとしたその瞬間。
突然三橋が頭を抱えて苦しみだしたのだ。
三橋が座っていた椅子が倒れ、大きな音を立てた。


「あた、頭が・・・・いたっ・・・・!」

「三橋!?どうした大丈夫か!!?」


よろめく三橋に駆け寄ってみると、その表情は酷く辛そうに歪められていた。
ただの頭痛・・・・というにはあまりにも尋常じゃない苦しみ方だった。


(っ・・・・この際仕方ないか・・・・!)


濡れた服は気になるが、苦しむ三橋を急いでベッドに寝かす。


「三橋?」

「ぅ・・・・うぅ・・・・」


さっきよりは治まったようだ。


「・・・・はー、びっくりしたー。」


教室での雷や屋上でのことといい、今日の泉は心配しきりな気がする。


(それにしても・・・・今いきなり苦しみだしたよな・・・・)


「まさか・・・・」と泉が呟いたところで勢いよく保健室のドアが開け放たれた。


「うぃーす!取ってきたぞー!」


バーン!と大きな音を立てたドアがその反動で閉まる。
逐一騒々しいやつだ。


「おー、サンキュー田島。」


このくらい慣れっこな泉はもういちいち驚かなくなってしまった。
そうでもなければこの野生児とは付き合ってられない。


「あれ?三橋寝ちゃったのか?」

「ああ、それがな・・・・って、その前にとりあえずお前も拭け。」


田島にタオルを投げると、泉は自分の体操着に手を掛けた。




















「んーと、なるほど?」

「・・・・なるほどって言いながら首捻るなよ。」


体操着に着替えた泉は、田島に三橋が突然苦しみだした時のことを話した。
田島はたった今体を拭き終えたところ。
その拭き方は三橋と同じくらい雑だったが、泉は無視して話を進めた。
どうせ田島に言っても無駄だからだ。


「・・・・田島。屋上での三橋・・・・どう思う?」

「・・・・んし・・・・どうって?二重人格のことか?あれすげーよなー!まさかこんな身近にいるなんてな!」


体操着に首を通しながら言う田島。
泉はその答えに無駄に脱力させられる。


「そうじゃなくて・・・・。どう考えてもおかしいだろ?なんでいきなり二重人格なんだ?」

「え、おかしいの?」


本気で疑問に思っているようだ。


「お前な―」


少し重たい音を響かせながらドアが開いた。


「よう。」


そこには何故か阿部がいた。
何で阿部がここにいるんだ。
別段、どこか怪我をした様子でも調子が悪そうな様子でもない。


「・・・・阿部。どうした?」


「どうしたって。なんかさっき田島が・・・・」


「気になるだろ?」という阿部の台詞に泉が田島を睨む。


「たーじーまー。」

「だって、『あのこと』は言ってねえもん。」


「保健室って言っただけじゃんかー」と両手を頭の上で組んだ田島が悪びれない様子で言った。


(あー、こいつはこういうやつだった・・・・)


判ってはいたが、実際目の当たりにするとどうしてもやるせない気がする。


(余計なことを・・・・まだ何がなんだか判らないのに・・・・)


バツの悪そうに唇を噛む泉と、状況が良く飲み込めてない様子の阿部。


「『あのこと』、って何だ?何かあったのか?」

「あー、なんでもないなんでもない!三橋は大丈夫だから心配すんな!」

「ふうん・・・・?」


阿部はベッドで寝ている三橋へと近付く。

さすがにこのかわし方は少し無理があるだろうか。
明らかに訝しんでいる阿部の視線が痛い。

そこに気まずい空気を破るように、にぎやかに保険医が帰ってきた。


「あーごめんねー!ちょっとご飯買ってきてたのよー!」


その両腕には弁当だけでなく、お菓子やら飲み物やらが詰め込まれたコンビニ袋が握られている。
「最近コンビニにはまっててねー」とあっけらかんと保険医が言う。
それを見た田島が目を輝かせて飛んで行った。


「うおーすげー!せんせー何かくれ!!」

「だーめ。ほらほらあんたらは早く教室戻んなさい。」


しめた、この機を逃すことはない。


「・・・・もう授業始まっぞ。早く行こうぜ、阿部も。」


明らかに納得していなさそうな阿部の背中を押しながら廊下に出る。


「ちょっと・・・・おい、泉!?」

「あ。先生。こいつお願いします。」


一応ちゃんと保健医には声を掛けておく。


「はいはーい。見たところ熱はなさそうだから、起きたときの様子見て教室帰せたら帰すねー。」

見ただけでそんなのが判るものだろうか。
ひらひらと手を振る保険医。


「じゃーサボるときまたよろしくお願いしまーす!」


最後に田島がそう言ってドアを閉めると、中から保険医の笑い声が響いた。

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