おお振り小説(一般向け)

□三橋とレン・発現G
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「栄口いるかー?」


鞄から次の授業の教科書を取り出していると、教室の後方のドアから名前を呼ぶ声がした。


「花井?・・・・というか7組連れてどうしたの?」


その後ろには阿部や水谷の姿も見える。


「ほら、これだよこれ。」


花井が持っていたプリントを栄口に見せるように持ち上げた。


「―?・・・・ああ、次の練習試合のやつね。少しこっち来て説明してくれない?」


栄口勇人は、自分の隣の椅子を指しながらそう言った。












〜〜〜発現―8〜〜〜side・SAKAEGUCHI・












「・・・・で、なんで阿部と水谷がいるの?」


栄口は花井から渡されたプリントに目を通しながら、花井の後ろで立つ二人を一瞥した。
阿部は珍しく静かにしているし、水谷はさっきからキョロキョロと何かを探してるように見える。
栄口の問いに、花井が困った顔をして頭を掻く。


「いや、何か勝手に付いて来たんだけどさ・・・・。」

「ふーん・・・・もしかして水谷、巣山探してんの?」


声を掛けると水谷がこちらに振り向く。
最初に聞いた時は少なからず栄口も驚いたが、水谷と巣山は意外と音楽などの趣味が合うらしく、度々こうやってお互いにCDの貸し借りをしたりしているようだ。
今やもう見慣れた光景になりつつある。


「そうなんだけどさー。どこ行ったんだろ?」

「そういえば、担任に何かで呼ばれてた・・・・かな?」


「マジかよー」と水谷は少し落胆したようだ。


「大丈夫だよ。たいした用事じゃなさそうだったから待ってればすぐ戻ってくると思う。」

(巣山って真面目なとこあるから先生ウケするタイプなんだよね)


そのまま水谷は少し離れた巣山の席に座った。
どうやらそこで巣山が帰ってくるのを待つらしい。








「・・・・オーケー。これでいいんじゃない?」


プリント読了。
さらっとではあるが、特に問題があるようには見えなかった。
水谷と会話しながらだったせいだろうか、少し花井は不安そうにしている。


「まあ、何かあったら授業中にでも修正しとくよ。そんなに何枚もあるわけじゃないし。」

「助かる。・・・・全く、誰かさんとは違って頼りになるな・・・・」


わざとらしく後ろの阿部に聞こえるように言う花井。


「・・・・。」


しかし、阿部は何か考え込んでいるような様子で気付かない。
不思議に思った花井が阿部の顔を覗き込む。


「・・・・阿部?」

「・・・・ん?ああ、何?」

「どうした?何かぼーっとしてたぞ?」

「いや・・・」


やはり巣山の席で一人で待ってるのは飽きたのか、いつのまにか水谷が口を挟んできた。


「あーわかった!阿部、三橋のことが心配なんだろー?」


「絶対そうだよ!でしょー?」と妙に確信めいた様子でそう言う。


(いつもそうやって突っ込んだ発言したりして阿部に怒鳴られてるのになぁ)


相変わらず学習しない水谷に思わず頬が緩む。


「・・・・。」


あ、どうも阿部が反論しないということは今の水谷の発言は当たりだったみたいだ。
平和で良かったね、水谷。



それにしても・・・・


「三橋がどうかしたの?」

「んーとなんかねー。なんか今保健室にいるらしいんだよね、三橋。」

「体調不良?まさか怪我じゃ・・・・」


「怪我」という単語のところで、阿部がピクリと反応したのが判った。
気にしてるのがバレバレだ。


「そこまではわかんな「・・・・やっぱ様子見てくるわ。」」


そう言うや否や、阿部は足早に教室を出て行ってしまった。


(なんだかんだしっかり女房らしくなってきてるじゃん)

「さすがキャッチャーだな。」


花井も同じようなことを考えたらしい。
二人で顔を見合わせて軽く笑い合う。


「相手は三橋だからね。あんなに心配するのも無理はないかな。」


三橋なら、どれだけ平らなところにいたって何かに躓いて転んだりしそうだ。


「だな。まぁ泉が付き添ってるみたいだから心配ないだろ。」


密かに三橋と田島の世話係だとまで言われている泉がいるなら確かに大丈夫だろう。


「花井ー、用事済んだの?まだ巣山帰って来ないから先帰ってていーよ。まだ予習終わってなかっただろー?」


またすっかり巣山の机に入り浸る形に入った水谷が言う。


「お前は予習しなくていいのかよ?」

「んー、バッチリ?」

「「(嘘くせぇ・・・・)」・・・・まあいいや。じゃあ栄口、後頼むわ。」

「ん、判った。」


花井が席を立ち、廊下へと向かう。
水谷が「後でねー。」と巣山の机にしがみついたような格好のまま手を振る。


「・・・・あー、そうだ。昼に説明がてら配っちゃいたいから、皆をどこかに集めない?」

「了解。・・・・後で阿部にでもやらせるか。」


(・・・・でも結局花井がやることになるんだろうな)


苦労性なキャプテンの姿が簡単に想像できる。


(悪いとは思うけど・・・・ふふ・・・・)


思わず笑ってしまう栄口だった。













昼休みは部室に集合することになった。
普段なら、何かで集まるときは屋上を使うのが常套手段であったが、さすがに雨の日にはそういう訳にもいかない。
部室独特の臭いがあって、始めの頃はこんなところで弁当を食べるなんて考えられなかったが、物は慣れだ。

今は三橋と田島以外の部員が集まっている。
この中で最後に来た阿部が周囲を見回した。


「・・・・三橋はまだ保健室か?」

(阿部、田島は無視か?)


泉が阿部に答える。


「いや、もう今田島が連れて来ると思うぞ。」


つまり田島が保健室の三橋の迎えに行ったということだ。
何故泉が行かなかったのかと聞くと、「何か田島が自分が行くってやたら煩くてさ」とのこと。
泉だけ体操着姿だったのはどうやってか濡れたかららしい。








そうこうしてるうちに三橋を連れて田島がやってきた。


「よーっす、待たせたな!おし!飯食うぞー!!」


(田島は今日も元気だなぁ)


田島も三橋も体操着を着ているところを見ると、泉と同じく服を濡らしたんだろう。
一体何をしたのだろうか。


「はっ、はっ・・・・たじ、たじま、くんっ!走るのっ、速い、よ!」


どうやらここまで走ってきたらしい。
三橋は息こそ切れているものの、十分元気そうだった。


(保健室って言ってたから少し心配したけど、たいしたことなさそうだ)


野球部エースの身に何もないことを知った栄口は、ホッと胸を撫で下ろして自分の弁当の蓋を開けた。











「・・・・というわけだから、皆わかったか?・・・・特にたぁーじぃーまぁー!」


花井の説明を聞きながらほとんどのメンバーはもう弁当を食べ終わり、各自プリントとにらめっこしている。
あるものはメモを取り、あるものはプリントを読み返しており、またあるものは・・・・


「えー?何で俺?」


三橋のプリントに落書きしたりしている。
それでも全く悪気がないように見えるから不思議だ。


「お前が一番心配だからだこの馬鹿!」

「あー!馬鹿って言うほうが馬鹿なんだぞ!」


その落書きに対して、目を輝かせて無駄に「田島君は、すごい、ね!」を連発してる三橋。
試しに三橋のプリントを覗き込んでみるが、栄口には何が何だかさっぱり判らなかった。


(うーん、このプリントはもう使えなさそうだ・・・・後でコピーして渡してやらなきゃな)


「大体お前はこの前もせっかく作ったプリント失くして・・・・!」


この前というか、いつも失くすか破るかしてるような・・・・。


「だからそれは謝っただろー!?」

「謝れば済むって問題じゃ「はいはい。もういいから。」」


このままだと貴重な昼休みが潰れてしまい兼ねないため、栄口が止めに入る。
いつものことだ。


「とにかく、皆目を通しておいて。質問あったら花井か俺に言ってくれればいいから。」

「・・・・なんで俺は含まれてないんだ?」


阿部が不満そうに睨んでくる。

なんでって・・・・。
・・・・。


「・・・・阿部にはキャッチャーに専念して欲しいからだよ。」

「・・・・。」


まだ阿部が何か言いたそうにしているが笑顔で黙殺する。


「チッ。・・・・あ、三橋。お前大丈夫か?」

「え・・・・?」


(うわ、今こいつ舌打ちした・・・・本当に阿部は酷いやつだよ)


「お前保健室に居ただろ?俺もさっき様子見に行ったんだ―」

「大丈夫だってさ。」


阿部の言葉を途中で遮るようなタイミングで泉が口を挟んだ。


(ん・・・・?)


「保健医がそう言ってんだから問題ないだろ。」

「そうそう!あの先生こんなにお菓子くれたぜ!いいやつだろ?」


何故か背後に小さなビニール袋を持っていた田島。
袋からいくつもお菓子を取り出す。
その様子はまさに遠足前の小学生だ。


「さっきから何を隠しているのかと思えば・・・・」


花井、今日何回目のため息だか数えたことある?


「・・・・お前これ目当てで三橋の迎え行っただろ?」


今までじーっと観察するするように田島を見ていた泉が突っ込む。


「まさか〜。これはオマケだよ!」


この場合、三橋とお菓子。どっちがオマケだろうか。


「お、おれはっ、お菓子貰え、て、嬉しいっ!」


三橋は相変わらずだ。
まぁ、三橋が喜んでるなら別にたいした問題じゃない。


と、三橋が突然クシャミをした。
それに敏感に反応したのはやはり阿部。


「お前・・・・風邪引いたんじゃねえのか?」


阿部が三橋に触れようと手を伸ばした。








パン








弾いた音が屋上に響いた。


「「「「・・・・え?」」」」


皆が固まった・・・・いや、空気そのものが固まった、というのが正しい。
三橋の顔は俯いていて見えず、阿部も固まっているのかピクリとも動かない。


(・・・・み、三橋?どうしたんだ・・・・・・・・ん?・・・・泉・・・・?)


泉が大きく目を見開いてるのが見えた。
どうかしたのだろうか?
ただ、明らかに他のやつとは反応が違う。


数瞬の後、三橋が顔を上げた。
まるで我に返ったかのように皆の顔を見回す。


「・・・・え?ぁ、う?ど、したの、みん、な?」


自分が注目されていることが理解できていないらしい。


「いや、今お前「三橋はいきなり触られてびっくりしたんだよなー。」」


我に返った阿部の言葉の上を、泉が何故か不自然に落ち着いた様子でフォローした。
三橋は何が起きてるか全く判っていない様子でただおろおろしている。


「え、ええ、え?」

「そうだよな?」

「え、あ、はい、そうで、す?」


何で疑問系なんだ。


「花井。もう連絡ないな?それじゃあ俺と三橋はもう教室戻るわ。いくぞ、三橋。」


訳のわからない様子で泉に引っ張られていく三橋。


「待てよ、泉ー!」


それにお菓子の袋と弁当を持った田島が付いて行く。










後に残されたのは



混乱する阿部。

唖然とする他の部員。






(・・・・三橋・・・・?泉・・・・?)


そして栄口には、三橋の奇行よりも泉の不自然さの方が印象に残っていた。










三橋の行動は皆の心に疑問を植えつけていく・・・・。

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