愛しい者〜 短編集
□兄と妹の出会い
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春の日差しが降り注ぐ暖かな日、ルシウスは読書の手を休めると窓から見える美しい庭と広大な森の景色に視線を移す。
それは子供の頃から見慣れた景色のはずだった。
ーーーが、しかし、今日ばかりはいつもと違っていた。
庭を真っ直ぐに通るレンガ造りの道を父アブラクサスに手を引かれたどたどしい歩みを進める小さな少女が目に映った。
太陽の陽を背にキラキラと輝くプラチナブロンドの髪は肩に少し着くくらいに伸び、逆光でハッキリと見えない顔はふっくらとしてまだ幼子のそれを感じさせるに十分過ぎる佇まいであった。
広すぎる庭に疲れたのだろうか、少女の歩みは止まる。
アブラクサスは宝物でも扱うかのように、少女を抱き上げると愛しさ一杯の様子でその小さな体をローブで包みこんだ。
『誰・・・・・?』
ルシウスとアフロディテが初めて出会った日。
春まだ浅い4月。
ルシウス6歳、アフロディテ2歳。
この幼い兄妹はウイルトシャーの森にシロツメクサが咲き乱れる中で、運命の出会いを果たしたのであった。
ルシウスは階段を駆け下りると、見知らぬ幼子を抱いた父を玄関で出迎えた。
磨き上げられた大理石の玄関ホールには、母の他に主の帰宅を出迎える為に、4.5人の屋敷しもべ妖精も頭を垂れ並んでいた。
「帰ったぞ。」
「お帰りなさい父上!」
ルシウスは父アブラクサスに駆け寄った。
そして、父の腕の中にいる小さな少女を覗き込んだ。人形のように長いまつげがゆっくりと動き、くるくるとした瞳が自分に向けられる。
そして、次の瞬間・・・・・
少女は天使の微笑みを浮かべたのだ!
「ルシウス、お前の妹アフロディテだ。今日からはお前がこの子を守るのだぞ。」
「はい父上。承知致しました。」
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アフロディテが邸に来た日からルシウスの生活は一変した。
それまでは、どちらかと言うと自室で本を読んだりして静かに過ごすことの多かった日常が、暇さえあれば妹と庭や邸の周りの森を駆け回るようになったのである。
アフロディテはまだ2歳。母親が必要な年齢であった。
なぜか、母はアフロディテの世話を嫌い、乳母のメルローにすべてを任せていた。
子供心にも自分の母の子供ではないということは漠然とわかっていた彼であったが、アフロディテの立場などルシウスにはどうでもいいことであった。
アフロディテが邸に来てすぐの頃、一度だけ母に尋ねたことがあった。
「母上、アフロディテはあんなに可愛いのに、なぜ母上は一度もお抱きにならないのですか?」
その質問を聞いた時の母の顔を大人になった今でも忘れることは出来ない。
驚きと悲しみと怒りの混ざり合った、それでいて無理に笑おうとした母の美しい顔は蝋細工のように不気味であったのだ。
あの時、母は自分に何と言ったのか・・・・それは覚えていない。
アフロディテが父が妾に産ませた子供だと理解したのはそれから何年か経ってから、そして母の美しい顔をあのように歪ませたのが”嫉妬”という名の感情だと理解するのは、ルシウスがもっと大人になってからの事となる。
ともかく、ルシウスの記憶の中で母がアフロディテを抱いた姿を見たことは皆無であった。
そんなアフロディテが不憫で、ルシウスはますます妹を可愛がるようになっていくのである。