愛しい者〜 短編集

□アブラクサス恋物語
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彼女の存在は、当たり前にいつも側にあった。
何故なら、私達は幼馴染であり、子供の頃から両家の間を行ったり来たりしていたからだ。

私は、マルフォイ家の一人息子であり、彼女は、ストラフォード家の次女だった。
どちらもイギリスでは古くから続く名門の純血魔法族の家系であり、両親達は、口にこそ出しては言わなかったが、私達は許婚同士だったのだ。





その日は、彼女の8歳の誕生日だった。
私は、朝から花束を用意し、午後から開かれる彼女のバースデーパーティーに出かける準備に余念がなかった。

自室で、蝶ネクタイを結び、鏡に顔を映して髪にくしを入れていたその時、部屋の扉をノックする音がし、母が「アブラクサス、少しいいかしら。」と、部屋に入って来た。

私を見る母の顔は、何故だか辛そうだった。
いつも華やかで、幸せそうに微笑んでいる母の面差しが大好きだった私は、その時の母の顔を見て子供心にも不安を掻き立てられた。


「プリシラのパーティーは中止になったわ。」


「え!なぜ?」


私は、驚いて椅子から立ち上がった。

母は、私の手を握ると、そのまま、ソファのところまで導き、ゆっくりと座る。
そして、私の頬に手をやると、美しいブルーの瞳を潤ませてこう切り出した。


「驚かないで聞いて頂戴。
ストラフォード家は、事業に失敗して、昨夜ご両親が亡くなられたの。
それに、プリシラのお姉さまのペネロペもね。
だから、パーティーどころじゃないのよ。」


事業失敗を苦にした自殺だった。
プリシラの両親は、まず姉のペネロペを手にかけ、次にプリシラを手にかけようとした所、
ちょうど彼女が目を覚ましてしまい、さすがに起きている愛娘を手にかけることは出来なかったようだ。

プリシラだけを残して、両親は死んでしまう。
残された彼女は、三人の死体の側で邸しもべ妖精に発見されるまで、呆然と立ち尽くしていたという。

ストラフォード家本家の血筋は、プリシラだけとなってしまった。
分家筋の親戚達は、彼女の高貴な血を求めて、どの家で彼女を預かるかと、一族でもめたようだ。

両親と姉を亡くした可哀想なプリシラを、愛してやろうという親戚は誰一人いなかったのだ。
結局、彼女はウイルトシャーから離れサマセットの遠縁に引き取られて行ってしまうのだった。





サマセットに引き取られる前日、プリシラは私にふくろうを飛ばして来た。
2人でよく遊んだ森のコテージでお別れを言いたいと・・・・・。

私は、母に嘘を言い、森へ出掛けた。
子供の頃からいつも一緒だった彼女との思い出が胸の中に蘇りながら、
森を目指して息を切らして走った。

ぜぇぜぇ言いながらコテージに辿り着くと、プリシラはもう庭の大きな木の側に、こちらを見ながら立っていた。

後から思うと、彼女は、私が来るのを随分前から待っていたのだろう。

私は、プリシラに走り寄ると、両手を握った。
同い年である2人は、まだ恋心さえ知らない年齢だったが、お互いにお互いが大事な存在であることは、ずっと前から意識の下で分かっていたように思う。


「アブ、お別れだね。」


プリシラは、いつものようににっこりと微笑んだ。
私は、自然と彼女の頬に口付け、そしてぎゅっと抱きしめていた。


「アブ・・・・・・・・・。」


「プリシラ、僕が大人になったら、きっと迎えに行くから。だから、待っていて。」




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