創作小説

□1/3 1話〜3話
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同じように流れる毎日。
だけど俺はそれで満足なんだ。
大好きな家族と大好きな友人がいる。
そして。

『おい、テメェからふっかけた喧嘩だろ?これで終わりなんて言わねぇよな?』

『す、すまねぇ!俺が悪かった!!』

『え?ホントに終わり?・・ったく、あーもう散れ。二度とその面見せんな。』

『珞(らく)、終わったか?』

珞『オッサン、見てたのか・・だったら手伝えよ!!』

『こんな老いぼれになんてことを・・・・。』

平凡な街でパトロールの仕事。
昔散々警察の世話になり、進められるままに始めたが
それなりに気に入ってる。

堂々と喧嘩ができて、罪にも問われない。
勿論やり過ぎは禁物だけど。



亡くなった母は男の子を求めていた。
高齢で俺を妊娠した母はおろすことも考えていたという。
だが、医師や親戚にお腹の子は男の子の可能性が高いと言われ出産を決意。
俺を抱いた母の第一声は「なんでやねん」だったそうだ。


天沢家には三人の娘がいる。
男気溢れる母に育てられ長女と俺は喧嘩ばかり。
真ん中は父に似て天然だ。
そんな環境で俺は幸せに暮らしてた。

毎日楽しいわけじゃない。
それなりに悩みもある。

親元を離れて早二年。
こんな調子で毎日が過ぎていくんだろうと覚悟もしていた。

俺に人生の転機が訪れたのは梅雨も明けた夏のはじめだった。




珞『信じらんねぇ・・また給料下がってるよ。』

『仕事変えたら?』

給料明細を見て項垂れる俺に声をかけたのは長女である怜夢(りむ)だった。
怜夢は既婚者で既に三人の子供がいる。
一番下は母の希望通りの男の子だが残念な事に既に母は亡くなっていた。

珞『姉ちゃん、今更変えらんないよ。俺みたいな社会の外れもんを雇ってくれる所他にある?』

怜夢『短気で口が悪いじゃじゃ馬娘・・仕事どころか男も見つからない訳だ。』

珞『うるせー。』

姉の家であるというのに扇風機を独占する俺に怜夢は呆れながら言った。

怜夢『アンタ、狛(こま)と待ち合わせしてんじゃないの?』

珞『え?・・ヤッバ!!』

狛は俺の親友。
中学からの付き合いで今は彼氏と同棲中。
昔は何をするにも一緒だった。
だけど大人と呼ばれる年になるにつれて狛は独り立ちし
俺はというと中々大人になれずにいる。
そして気づけば・・。

狛『お前もそろそろ男作れよな。』

誰かに会うたびに同じ台詞を言われるようになっていた。

珞『あのな、人を婚期逃した奴みたいな言い方で追い詰めるのはやめろ。
聞き飽きてんだよ、こっちは。
大体まだ23だぜ?』

狛『仕事と称して向かってくる男片っ端ぶん殴ってる奴が「23だから焦らなくて良い」って言ってんだもんな。世も末。』

珞『うっ・・』

狛『このままじゃ本当に婚期逃して孤独死するぞ。』

珞『その時は頼む・・。』

狛『葬式はあげてやるから葬式代は自腹きれ。』

珞『冗談に聞こえねぇよ。』

ファミレスで箸を止め突っ込むと狛は箸を噛んだまま笑ってみせた。

狛『それだけ余裕がねぇってこと。』

狛も姉ちゃんも俺を心配して言ってくれてる事は分かる。
だけど・・。


家に帰り横になると、このままで良いやとも思ってしまう。
刺激もあるし暇もしない。
寂しいときは相手になってくれる人がいる。
恋人をつくって時間を共有なんて面倒くさく感じた。

それから数日後。
俺は事務所にいた。

パトロールのスタート、ゴール地点だ。
オッサン達に囲まれて煙草を吹かしている時。
平凡な毎日に終止符をつくノックの音がした。

それもガラスを割る強烈なノック音が・・。

ガラスを強く叩く音に最初に反応したのは蓮さんだった。
俺がいなきゃチームの紅一点。
事務仕事メインの25歳。

蓮『来客の予定なんてあったかしら?』

珞『飛び込みじゃねぇの?』

ここは少年たちの憩いの場でもあるため、連絡が無くても来客はある。
蓮さんは俺の言葉に首をかしげると玄関へと走っていく。
そして・・。

蓮『キャァァァァァッ!!』

蓮さんの悲鳴が事務所内に響いた。
俺はソファーを飛び降り護身用の木刀を持って玄関に向かう。
背後ではオッサンが警察に連絡している。

駆けつけた玄関にはかがんだ蓮さんと倒れている誰かがいた。

蓮『この人・・撃たれてる。』

珞『蓮さん離れろ!危険だ!!』

蓮『でも放っておいたら死んで』

蓮さんの言葉は途中でかき消された。
玄関のガラスが割れる音によって。

俺と蓮さん、そして誰だか分からない人物に降りそそぐガラスの破片。
咄嗟に腕をあげ顔を庇おうとしたが木刀を持っていたためガラスは俺の顔に着地した。

痛みで悲鳴をあげそうになったが歯を食いしばって耐えた。
目の前で腕にガラスが刺さった蓮さんに駆け寄るために。

誰だか分からない人物は息だえたようだった。
背中にいくつもの欠片が刺さっているのにピクリとも動かない。

蓮『痛い!痛いー!!』

破片の刺さった箇所を抑え叫ぶ蓮さんに
俺はベルトに巻いたスカーフを渡して止血するように言い聞かせた。
そして連絡を終えたオッサンに叫んだ。

珞『何分だ?!』

オッサン『三分だそうだ!!』

珞『待ってらんねぇ・・蓮さん頼んだぞ!』

オッサン『珞、よせ!危険だ!!』

俺は顔に刺さった破片を抜き、オッサンの言葉を無視して外へ飛び出した。
いつもは賑わっているはずの街中は静まり返り、事務所の表には数人が倒れている。
平凡な日常からは考えられない状況に唖然としていると左目の視界の端に何かが動くのをとらえた。

黒いロングコートが風に揺れている。
俺の視界がとらえたのはそれだったらしい。
長身の男がこちらを見ていた。
右手にはガラスを割ったであろう拳銃が握り締められている。
事務所の玄関で死んだ奴を撃ったのも、此処に倒れている数人を殺したのも此奴だ。
そこで俺は初めてオッサンの忠告を無視した自分に後悔した。

何人かの悪人は見てきた。
だけど、此奴程恐ろしい目をした人物を俺は見たことがない。

全く動けない俺に男は右手をゆっくりと上げていく。
何をしようとしているのか分かってる俺は、あの拳銃に安全装置がついているのかを心配していた。

この危機的な状況で俺は一分でも長く生きたいと思っていたんだろう。
サイレンの音が近づいてくる。
だけど目の前の男に焦った様子はない。
そんな時。
俺の脳裏に蓮さん達が浮かんだ。
もしも俺が殺されたら次は蓮さん達かも知れない。
そう思うと木刀を握りしめている左手に力が入った。

殺るか、殺られるか・・。
そんな状況なのだろうと意思を固めた時。
男の背後でエンジン音がした。
次の瞬間には眩しい光が俺の視界を塞ぐ。

それが車のヘッドライトだと認識したときには
既に男は車に乗り込んでいたあとだった。

車はUターンをして去り、それと行き違いにパトカーが到着した。

パトカーから降りた刑事は立ち尽くしている俺に駆け寄ってきて言った。

『まさか此処が目的だったとはな・・。』

刑事の言葉に右を見ると其処には見慣れた顔があった。
十代の頃、散々世話になり今の職場を紹介してくれたドンだ。

珞『ドン、それどういう意味』

そこまでを言って、俺は足の力が抜けてしまった。

ドン『腰が抜けたか。』

珞『ハ・・説明しろよ。』

ドン『現場を片付けたらな。』



警察『もう一度お聞きします。佐々木が息を引き取ったのはガラスが割れる前でしたか?後でしたか?』

蓮『ですから』

蓮さんは救急隊による腕の傷の応急処置を終え警察に聴取されている。
かれこれ二時間。

蓮さんの隣に座って治療を受けていた俺は蓮さんの言葉を遮って警察の胸ぐらを掴んだ。

珞『だから知らねぇって言ってんだろ!!何がもう一度だっ、今ので五回目だぞ!
同じ質問繰り返しやがって!馬鹿の一つ覚えか、あぁ?!
いいか、よく聞け!銃声には気づかなかったし、ノックの音に気づいたのは警察に連絡する一分から二分前!それまではテレビを見ていたし音量は8だ!!
駆けつけた時は確かに息をしているようにも見えたが、ガラスが割れた時には既に息を引き取ってた!佐々木に気づいてからガラスが割れるまで一分も経ってない!数秒から数十秒の間なんか分からねぇよ!
ガラス浴びてんだ、こっちは!!』

動かないで!と俺を押さえつける救急隊を振りほどき警察を殴ろうとしていると
警察が俺の背後に向かい叫んだ。

警察『ドンさん助けてください!だから珞のいる場所で聴取なんか取りたくなかったんですよー!!』

ドン『ハハ、すっかり嫌われ者だな、珞。』

珞『さっきから質問ばかり。こっちが何を聞いても後で、後でって。
本当に説明する気あんのかよ!!』

ドン『珞、お前聴取受けたのか?』

珞『また質問かよ?!ま・だ・だ!!』

背もたれを掴み叫んでいた俺はドンの質問に呆れ座りなおす。
救急隊が応急処置を再開し、痛みに耐えながらまた同じ質問を繰り返す警察を睨んでいた。

応急処置も終わり、俺は煙草に火を点けると現場を細かく調べている鑑識たちの横を通り外のベンチに座った。

二時間前俺が立っていた場所が良く見える。
あそこで俺は銃を向けられたんだ。
平凡にして少しの刺激。
それで満足だった俺の人生。
何かが間違っていればあそこで終わってた。

そう考えると背中に冷たいものを感じずにはいられなかった。

膝を曲げ俯く俺の首に冷たいものがあたり、顔をあげた。
そこにはドンがジュースを持って立っている。
先ほどまで鑑識たちが俺の事を迷惑そうに見ていたがドンの登場で仕事を再開した。

ドン『傷、残るのか。』

珞『大袈裟だ、そこまで深く刺さってなかった。』

ドン『ッフ、全治二週間だとよ。こめかみの少し上で良かったな。
頭蓋骨がお前の綺麗な顔を守ってくれたみたいだ。』

珞『さすが俺の体。主人に似て優秀だな。』

ドンからとりあげたジュースに口をつけ笑ってみせるとドンはつられて笑ったが
すぐに刑事の顔になり俺に質問を始めた。

ドン『珞、今からする質問は大事な質問だ。ふざけずに答えろよ。』

珞『佐々木の事以外ならな。』

ちなみに佐々木とは蓮さんの前で倒れていた男だ。
組織的な人間ではなく、ただの一般市民だが何やら厄介事に絡んでいたらしい。

ドン『お前・・顔を見たか?』

珞『佐々木のか?』

ドン『・・質問を変えよう。お前、あそこに立って何をしてた?
オッサンに聞けばお前は木刀を持って飛び出したと・・。
外でなにか見たんじゃないのか?』

珞『あぁ、男を』

そこまで言って俺は言葉を止めた。
それはドンの表情のせいだ。
この世の終わりのような顔をしている。

見れば周りの鑑識たちも俺から距離をとっていく。
その異様な光景に俺は言葉を失った。

あの時見た男の姿が脳裏に浮かぶ。
恐ろしい目。そして・・・端正な顔。

ドンは溢れ出る涙を拭わず俺を抱きしめた。
そしてドンの体は・・震えていた。

数時間後。俺たちは警察署に来ていた。
事情を聞いているのか署内の人間は俺を見ると隠れた。

ここで何が話されるのか予想はできた。
つまりそういう事なのだろう。
俺の側には未だに何の説明も受けていない蓮さんとオッサン二人。
そしてドンだけだった。
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