創作小説

□1/3 10話〜12話
1ページ/3ページ

廊下に戻ってしまった俺は右を向きある部屋を思い出した。

珞『あっこしかねぇ・・。』

今はあまり行きたくはなかったが零の部屋の前を過ぎたあたりから一気に走って行く。
レイルよりはマシ。零よりはマシ。
廊下で寝ても倉庫に寝てもまた運ばれるかもしれないし
今の俺にはあそこしか無かった。

目的の部屋の前で立ち止まった俺はあまり響かないように小さくノックした。
中からの返事はなく恐る恐る扉を開けると中には何も無く誰もいない。
木製の化粧台もベッドも。
麗子の姿さえも無く、麗子の見上げていた天窓から月が覗いているだけだった。

珞『あの老婆が麗子で良いんだよな・・。』

此処で見た出来事がまるで夢のように感じられたがレイルの背後に守られるように立つ老婆を思い出し現実を痛感した。

あの痛みは何だったのか。
レイルの上を飛んでいく時、切なくて仕方がなかった。
俺の腕を掴むレイルを疎ましく感じた。
堺一の時のように吊り橋効果のようなものにかかっているのか。
俺の知る珞という人間はそんなに欲張りでは無いし
零にはもう何も感じない。

一時の感情か。

何もない部屋の中、月明かりのあたる場所に座り窓を見上げた。
俺はリックと自分を重ねているのかも知れない。
もう戻れない世界に本音を隠して背を向けるリックと
家族を思い何もできない無力な自分とを・・・。

珞『皆心配してないかな・・。』



最後に見た怜夢と狛の顔は恐怖と絶望に染まっていた。
俺に伸ばされた手を握り返すこともできず俺は体を抱えて悲鳴をあげている。
怜夢と狛の声だけが響く中、力を振り絞って顔をあげればドンが俺を見ている。
体の痛みは引き、ドンが俺に伸ばしている手を掴んだ。
その瞬間、ドンの目から涙が溢れた。
「すまない」と何度も謝罪を繰り返し顔をさげていくドンの肩を支えようとした時
世界は暗黒に染まり俺は落ちていく。
どこに落ちていくのか・・下を確認しようとしたとき。



リック『珞!!』

珞『?!・・・・・夢?』

俺はリックの膝の上で目を覚ました。
太陽の陽が天窓にさし、室内の温度は上がっている。

リック『うなされてた。凄い汗だし・・・』

心配そうに俺の顔を覗くリックの膝から体を起こし体に流れていく汗を拭う。

珞『大丈夫だ。あのまま寝ちゃったんだな。』

昨日の事を思い返し頭を抱えるとリックは俺の手を掴み立ち上がった。

珞『ん?』

俺の手を引き立てと合図を送るリックを見上げ首をかしげる。

リック『下に行こう。水分とらなきゃ。』

俺の手を強く引き無理矢理立たせると廊下を出て階段に向かう。
手を引かれるがままついて行くが、ふと疑問がわいた。
何故リックは俺があそこで寝ていたと分かったんだろうか。
その疑問を俺が口にする事はなかった。
リックが先に答えてくれたから。

リック『若い執事が僕を呼びにきたんだ。あの部屋を改装したいのに珞が寝ててできないって。零もレイルも野暮用とか言って出て行っちゃったし、仕方なく起こしに行ったんだけど・・。
怖い夢見たんでしょ?レイルに誘拐されたときの夢?』

珞『え?・・いや・・。』

暫く考えて俺はリックの言葉を否定した。
あんな夢を見ていたなんて知られるのが恥ずかしかったのもあるが
リックと自分を重ねていたという事実を隠したかったから。

階段を降りてキッチンに向かう途中、綾子とすれ違った。
綾子は俺を無視していたが俺は綾子の後ろをついて行く麗子に思わず振り返る。

俺の足に力が入り俺を引っ張っていたリックを停止させた。
それに振り返ったリックは俺に怒鳴ろうとしたが
俺の視線を辿り見た二人の女に顎をかかえた。

リック『あの右側の女性知ってる。』

珞『へ?』

リック『聞きたい?』

悪戯っぽく笑うリックに嫌な予感はしたが頷いてみせると
リックは再度俺の手を掴んで歩き出す。

リック『水分とってシャワー浴びたら話してあげる。』

珞『・・かっこいー。』

素直な感想ではあったが言い方が嫌味っぽくなってしまい振り返ったリックに
慌てて謝り大人しくキッチンへ入る。
コップ一杯の水を飲みリックに睨まれながらシャワー室に向かうと
若い執事が俺の着替えとタオルを持って立っていた。

優秀な執事に感心し受け取ると執事は一礼して去っていく。
続きリックも出ていき俺は服を脱ぐとタオルを巻いて風呂に入る。


体を洗い終わり露天風呂に入っていると風呂の扉が開きリックが入ってくる。

珞『お前はレイルかよ。』

リック『屋敷内では話せないし、外には出れないからここしかないと思ったんだけど・・
レイルも入ってきたの?』

リックの言葉に自分が墓穴をほったことに気づいた俺は慌てて訂正しようとしたがリックは俺の側に腰掛け綾子について話し始めた。
リックから見て右側にいた女・・それは綾子だった。

リック『レイルを専属でつけている政治家と僕をつけている政治家がよく一緒に
ご飯を食べててさ。その時に写真を見せてもらったんだ。そこに映ってたのが彼女だったよ。確か神田さんって言ったかな・・』

珞『神田・・それが綾子の苗字か。』

リック『・・彼女について調べてるの?』

珞『そうしたいんだけど・・ちょっと難しいんだよな。メイドたちは口割らないって
聞いたし、綾子は権力振りかざしてるみたいだから他の執事たちも喋らないと思う。
下手に聞いてレイルたちにチクられても困るしなー。』

リック『メイドたちが口割らないって誰に聞いたの?』

珞『麗子だよ・・・・って、お前誰にも言うなよ?!』

リック『言わないけど・・・忠告はさせてよね。』

珞『え?』

リック『彼女の事は放っておいた方がいい。』

珞『・・麗子のことか?』

リック『うん。彼女はレイルの世話役でしょ?結構面倒臭いんだよ。』

リックは頭をかきながら空を見上げている。
面倒臭いとはどういう意味なのか結局聞けなかった。
俺が逆上せたせいで・・・。




レイル『何してるんだ。』

珞『見りゃ分かんだろ。横になってんだよ。』

リック『逆上せたんだって。』

俺はレイルの部屋のベッドに横になりリックに介抱してもらっていた。
丁度昼ぐらいに帰ってきたレイルは羽織のポケットから煙草を出すとリックの隣に腰掛け火を点ける。

俺の顔を覗き頬に軽く触れると「たいした事ないな」と俺に背を向けた。

レイル『お前はどうするんだ。』

リック『僕?』

レイル『あぁ。再建させるなら力を貸してやる。』

リック『僕に借りをつくっても役にたたないと思うけど?』

レイル『・・』

レイルは言葉の途中よく黙る。
相手をジッと見て返事を待つが・・これは相手を試しているのか。

リック『わかったよ。力を借りる。』

何かを感じ取ったのかリックはお手上げといった感じで答えた。
その言葉に俺は戸惑いを感じリックの肩を掴み起き上がる。

珞『再建するのか?!』

リック『僕にはこの世界しかないんだよ?』

珞『でも』

リック『君が観念したように僕も観念するだけだよ。ありがとう、珞。』

俺の言葉を遮ったリックはレイルと部屋を出ていき
かわりに綾子がメイドを引き連れて中に入ってきた。
そこには麗子の姿もある。

綾子『さぁ、運んでちょうだい。二時間で終わらせるのよ。』

綾子の言葉にメイドたちは大きく返事をするとそれぞれ移動し始め、ベッドに来たメイドたちは俺を引きずり下ろしシーツをはぎ始めた。

珞『イッテー・・何しやがる!』

綾子『ここは今日から正式にアンタの部屋よ。だからレイル様は移動するの!
分かったら出て行ってくれる?!作業の邪魔!!』

珞『お前は何もしてねぇじゃねぇかっ!!』

麗子『珞様、今は引き下がるのが賢明だよ。』

俺が綾子の胸ぐらを掴み怒鳴ると麗子が俺の腕を掴みなだめてきた。
さすがに老婆に暴力を振るう訳にも行かず大人しく引き下がると
荷物を持ったメイドに廊下まで押し出されてしまった。

メイドたちは荷物を廊下に置くと中に入りパタリと扉を閉めた。
廊下に放り出された俺は仕方なく階段を降りてキッチンへ向かう。



リック『この前「借りた」資料、役にたったよ。やっぱり君は仕事でじゃなく金銭面トップをキープしてるんだね。
専属でついて、人もたいして殺さずこの世界でトップなんておかしいもんね。
先代が残した遺産と神田さんからの援助金でまかなえてる。・・まぁ、今はね。』

レイル『・・。』

レイルはリックの言葉に返事をしないが、リックは続ける。

リック『・・相当気にいってるんだ、珞のこと。』

レイル『お前には関係のない話だ。』

珞の部屋を後にした二人は応接間で話していた。
と言ってもレイルはパソコンを見ていて、向かいに座るリックは頬杖をついて
そんなレイルを見ている状態。

リック『僕に借りなんか作らせてさ。執事とボディガードを五人ずつ。
メイドを三人にコックと屋敷まで・・・。こんな大きな借りを作らせたのは
いつか珞に危険が迫ったとき、僕を身代わりにしようとか・・そんな感じでしょ?』

レイル『分かっているなら余生を楽しめ。』

リック『ねぇ・・僕の推理を聞いてくれる?』

レイルは一度も顔をあげずに頷くこともしなかったが
リックは言葉を続けていく。
リックの推理はレイルが珞を見る目・・そしてレイルの行動から読み取れたものだった。

リック『まず最初におかしいと思ったのは君が何故あんな場所で人を殺したのか。』

レイル『黙れ。』

リックの言葉にレイルは反応を示した。
しかしリックは構わず喋り続ける。

リック『街のパトロール隊の事務所前だよ?
目撃者は避けられない。目撃者がいたら殺さなきゃいけないのに
何故あんな場所で殺しを決行したの?
それに佐々木が事務所の戸をノックすることを何故阻止しなかったの?
君ほどの腕があれば阻止できたはず。
それに佐々木にとどめをさした後直ぐに現場を立ち去らなかった理由も聞きたいな。
その時君はまだ目撃されていなかった訳だし。』

レイル『お喋りだな、あの女は。』

リックが淡々と話していく中でレイルはやっとパソコンから目を離し
リックを見た。
リックは口元を緩め嬉しそうに続けていく。

リック『やっぱり・・君の狙いは最初から珞だったんだね。』 

確信をついてきたリックの質問にレイルは黙って銃を向けた。

しかしリックは怯まずに二人の間にある机に手をつき銃口に額があたるまで近づいていった。

リック『珞のこめかみの傷は君のものって証なの?』

リックの言う傷とは事務所の窓が割れたときのカケラによってできたものだ。

リック『毒まで飲ませて連れてくるなんて・・相当な執着。
笑っちゃうね。』

レイル『今お前が話した事を全て俺が認めたとしてお前はどうする?
珞に全てを打ち明けるのか?』

リック『冗談。そんなことしないよ。僕は・・珞を守る。
君の汚れた欲望からね。』

少年とは思えないリックの目にレイルは銃を下ろしパソコンをリックに見せた。
そこには珞の情報が細かく記載されている。
いつから目をつけていたのかと不思議に思うほど細かく書かれている画面にリックは
さすがに驚きを隠せなかった。
それに反しレイルが口元を緩め煙草を加えた。

その後、この二人の間に会話はなかったが廊下の外にいたある人物は
静かになった室内に自分の呼吸音が聞こえないよう口を抑えていた。

そして。
ゆっくりと階段を登っていった。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ