創作小説

□1/3 10話〜12話
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綾子『ハァ・・ハァ・・』

あれから綾子は自室に戻っていた。
散々暴れていたが我に返り項垂れていた。
ベッドに座りこみ暴れていたときに飛んだであろう写真立てを拾い
そこに映るレイルを見つめた。
此処に来た当初隠し撮りした一枚。
写真を撮った事は直ぐにバレたがレイルは微笑み許してくれた。

収まった怒りの涙が悲しみの涙として溢れ始める。
拭うこともせずにただ涙を流していた綾子は自室の扉が開いたことに気づかなかった。

『君の力じゃ無理だよ。』

不意にかけられた背後からの言葉に慌てて振り返る。
そこに立つ予期せぬ人物に綾子は涙を拭い髪を整えると弱々しく言った。

綾子『私なんかの部屋に何か御用ですか、零様。』

体を起こしたものの立ち上がることは出来ず俯いたまま答えた綾子に零は歩み寄る。
その行動に顔をあげた綾子は口を抑えた。
零の目に悲鳴がでそうだったからだ。
レイルに負けないその目に固まった綾子の髪を鷲掴みにした零はグッと綾子を引き寄せた。

零『珞を追い出したいんだろ?』

綾子『あ・・・ぁ・・・』

答えたくても口がうまく動かない。
かつてこんな零を見たことがあったか・・・。
綾子は必死に頷いてみせた。

零『俺が手を貸してやる。』

綾子『え?!』

零の思いがけない言葉に綾子は声をあげたが零の平手打ちによってベッドからおちてしまう。
頬を抑え零に振り返る綾子に零は視線を外すとベッドに腰掛け煙草に火を点けた。

零『静かにしてくれる?・・今日、珞の死体を珞の姉の家に送った。』

綾子『・・え?』

声を上げてしまわないように一度頭で整理してから聞き返した綾子に零は視線を映し微笑んだ。

零『今朝届いたはずだよ。執事に運ばせたしね。様子を見に行ったら居なかったけど
多分警察署にでも行ったんだろうね。』

既にいつもの零の表情に戻っていたことに綾子は安堵し零の隣に腰掛ける。

綾子『珞の死体をどう準備したんです?』

零『珞と背格好の似た女の子の死体を身元が分からないように送ったんだ。
死体解剖もDNA鑑定もこちらが送った人物がしてるから
家族は今頃泣き叫んでるだろうね。』

綾子『それで?』

最終的な目的を聞こうと縋る綾子の髪を再度鷲掴みにした零はいつもの笑顔で言う。

零『俺は珞を表の世界に帰す、それが目的だ。君とは違うけど結果的には一緒だろ?』

綾子『どうして・・』

零『珞をレイルの好きにさせないため・・かな。』

零とリックの会話を盗み聞きしたのは零だった。
何も知らされていなかった零は綾子に協力し珞を表の世界に帰すことを決意する。
それが誰のためか・・零はまだ分かっていなかった。
悔しさにかられた零が何故、珞を表に帰すという復讐を選んだのか。
ただ幼馴染に隠し事をされた悔しさだけが零を支配していたから。

しかし。
動いていたのは零だけではなかった。

醜い姿となって帰ってきた珞を囲む家族。
狛も怜夢も涙を流さない。

狛『あたし信じないから。』

狛の言葉に怜夢も頷く。

怜夢『ドラマとかでよく違う人物の遺体を送るとかあるし・・今回もきっと・・。』

正直なところは半信半疑なのだろう。
確信が無いからこそ、もしかしたらという不安が残ってしまう。

場所は警察署内の霊安室。
DNA鑑定もすんでいて珞だという結果も出ている。
それでも、そこにいる誰もが珞だとは思えなかった。

雪『・・この子は珞じゃない。』

怜夢『え?』

狛『雪兄ぃ?』

雪は遺体に近づき見回したあと小さく呟いた。
その言葉に反応した二人に振り返らず黙ったままでいると、刑事が一人慌てた様子で入ってきた。

刑事『あ、あのっ!高橋刑事は来ませんでしたか?!』

狛『ドン?』

刑事『来て・・ないんですね・・高橋さんは復讐に行ったんです・・このままじゃ高橋さんまで殺される。』

雪『珞は死んでない。』

刑事『あ・・でも・・DNA鑑定では』

怜夢『珞を見捨てたくせに・・。高橋だかドンだか知らないけど私たちには関係ないわ。』

刑事『珞に仕事紹介したのは高橋刑事ですよ?!』

刑事は珞の家族に言うと雪は拳を握り刑事を殴った。

雪『もしも高橋刑事が同じ形で帰ってきたならバラの花束を用意してやるよ。
最後の忠告だ。今後俺たちに関わるな。』

刑事は家族の自分を睨む目を見てここに来たのは失敗だと心から思った。
しかし、珞の遺体が遺族に届いたと聞いて署長室に辞表を置いて姿を消した高橋は確実に此処にくると思った故の行動だった。

刑事は何とか逃げ帰ったが残された家族は記憶の中で笑う珞を思い出していた。
そして、誰もが拳を握り締めていた。

場所は変わり寂れた路地にドンの姿。

ドンが見た最後の珞の姿は苦痛に顔を歪めていた。
レイルに抱えられ連れて行かれているのに自分は何もできずに
拳を握って俯いていた事を悔やんだ。

ドン『いつだって俺を支えてくれていたアイツを俺は「国の決まり」で見捨てた・・。』

珞との出会いは五年前に遡る。
そうだ。あの時からあいつは既に腐った根性を持っていた。


‐‐五年前‐‐

俺は組織犯罪対策課裏担当で毎日情報売買チームに頭を悩まされていた。
そんなある日相棒の神崎が見つけたカツアゲが珞の出会いに繋がる。
そのとき、俺たちは車に乗って街の近くに配置されていた。

神崎『高橋さん!今回の情報は全てガセですって・・』

俺たちの場合そんな事は日常茶飯事だが神崎はうちにきてまだ一ヶ月の新米で裏社会にあるチームの名前も全て把握できていない奴だった。

高橋『帰るぞ。』

携帯を握り締めたまま項垂れている神崎はハンドルを握ろうともしない。
痺れを切らし運転を変わろうとした時に神崎が叫んだ。

神崎『高橋さん、事件です!』

高橋『あ?』

神崎の声に前を見ると少年が不良グループによって路地裏へと引きずられていた。

高橋『あぁ、俺らの仕事じゃねぇ。』

神崎『だけど犯罪ですよ!!』

高橋『あーうるせぇな。だったら生活安全部の少年課に連絡すりゃいいだろ。』

神崎『そんな事してる間にあの少年はボコボコにされて金奪われてますよ!!』

高橋『あーうるせ』

神崎『あ、そんな事言ってたら仲間まで来ちゃいましたよ?!』

叫び俺の肩を強く揺さぶる神崎に苛立ちを感じながらも再度前を向くとそこに
一人の少女が現れた。

路地裏と言っても俺たちのいる位置からは丸見えだ。

高橋『おい、待て。あの女仲間じゃないっぽいぞ。』

神崎『し、しかも十手持ってますよ・・・』

銀色に光る十手が陽にあたり俺たちの目に反射する。
その十手は高く振り上げられ・・・

高橋『おい行け、神崎!』

神崎『もう遅いです!!』

俺たちが言い合っている間に振り下ろされた。
しかし。
不良グループの頭にぶつかる前に何者かの手によって止められた。
その止めた人物こそが珞だ。

高橋『銃刀法違反並びに暴行未遂だ。行くぞ。』

唖然とする神崎を車に残し降りていくと不良グループは逃げ、そこには被害者の男の子と
珞と狛が残った。

珞『お前俺が買ってきてやった土産をなんに使ってくれてんだ!』

狛『正義の鉄拳だろうが!』

俺が来ても二人は口論を続け、震えている男の子を見ようともしない。
どうやら少年が絡まれているのを狛が見つけ、貰ったばかりの珞からの土産品を
使おうとしていたらしい。

珞『大体なぁ十手は銃刀法違反になるんだぞ。こんなとこ警察に見られちゃお縄頂戴もんだ。』

狛『マジ?』

珞の言葉に狛は十手を箱に入れようとしたが俺は手帳を出しそれを止めた。

高橋『警察だ。銃刀法違反並びに暴行未遂で逮捕する。』

狛『え?!』

珞『マジかよ・・。』

俺の手帳に二人は唖然としていたが被害者である少年が慌てて俺の裾を掴み
二人をフォローし始めた。

少年『こ、この人たちは僕を助けようとしたんです!だから見逃してください!
だ、大体あなた本当に警察ですか?!』

少年は二人をフォローするだけでなく俺を疑い始め
なんでそうなると首を傾げたところに車から降りてきた神崎が珞たちに声をかけた。

神崎『あ、あの!もしかして珞さんと狛さんですか?!』

珞『あ、あぁ・・・』

狛『何で珞を先に呼ぶかな。助けたのはあたしだぜ?』

何故か初対面のはずの二人の名前を知っている神崎に振り返ると神崎は手帳を取り出し
二人に白紙部分を広げて渡す。

神崎『サインください!』

神崎の言葉に俺はゲンコツをくらわし、喜んでサインをする狛から手帳を奪い返した。

高橋『お前此奴等知ってんのか?』

神崎『俺生活安全部の少年課に連絡したんです。
不良グループが少年を路地裏に連れ込みカツアゲしてて
そこに少女が二人現れて十手振り回してるって。』

珞『おい、後半おかしいぞ。』

神崎『そしたら、その少女たちは「珞」と「狛」だから大丈夫って・・。
街の犯罪を阻止してくれる子達だって!!』

神崎は珞の突っ込みを無視して俺に拳を握って説明していた。
そこに被害者少年も混ざる。

少年『さっきの不良グループは狛さんを見て逃げ出したんです。
街の不良グループからも一目置かれていて警察も二人に何度か賞を与えようとしたんですから!』

てっきり俺を見て不良グループは逃げたと思っていた俺は下手な事を口走らないように口を閉じた。
神崎は俺が何も言わなくなると俺から手帳を奪い再度狛に渡している。

神崎『何故賞を貰わないんです?!もったいない!』

狛『煙草吸えなくなるから。』

神崎『へ?』

狛は自分のサインを書いたあと珞に手帳を渡すが珞は無視している。

珞『未成年の喫煙は法律により禁止されています・・ってな。
賞なんか貰ったらいい子でいなくちゃなんねぇだろ。』

神崎『だ、だっていい子だから犯罪を阻止してるんじゃ・・・』

狛『いいや。喧嘩が好きなだけ。』

珞に無視され続けた狛は仕方なく神崎に手帳を返し笑顔で答えた。

神崎『そんなぁ〜。せっかくヒーローに会えたと思ったのに・・。』

神崎は項垂れてしまったが今度は俺が口を開く。

高橋『ハッハッハ。そーだよな。こんなガキ共がいい子な訳がねぇ!初対面の人間に礼儀も尽くせねぇようなガキがヒーローな訳あるか。』

狛『なんだと、ジジィ。』

高橋『ッケ。そうゆう所だよ。ゆとりのガキが。』

俺は縋り付いていた少年をはがし車に戻ろうとした。
こうなればもう仕舞われている十手もどうでも良かったからだ。
しかし、それを珞が止めた。

珞『おい、オッサン。初対面の人間に礼儀を尽くせねぇのはテメェも同じだろ。』

高橋『俺の方が年上だ。敬うのが常識だろ。』

珞『その常識を教えるはずの大人がこれじゃぁな。俺らみたいなガキが育っても不思議じゃねぇよ。』

高橋『あぁ?!テメェ警察に喧嘩売ろうってーのかっ?!』

珞『上等だ!せいぜい今のうち「ゆとり」を馬鹿にしてろよ!
テメェを介護すんのは「ゆとり」なんだからなぁ!!』

その珞の言葉に俺は言葉を飲んだ。
確かにそうだ。
俺がいつか介護を求めたとき・・。

俺は顔から血の気が引くのを感じた。
今までに何人のガキを「ゆとり」と馬鹿にしただろうか・・。

狛『まぁそんな奴らばかりじゃねぇけどな。』

苦笑する狛に珞は舌を出した。
言ってやったもん勝ちとでも言うのか。
悔しいがもう何も言い返す気力がない。

珞は座っている少年に歩み寄り手を差し伸べた。

珞『大丈夫か?』

少年『はい。』

珞『これからは気をつけろよ。今日はこの刑事さんたちが送ってくれるから。』

神崎『はい!』

俺の意見を聞こうとはせず神崎は少年を車に案内して行った。
我にかえった俺は慌てて車に向かおうとしたが珞がそれを制す。

珞『楽しかったぜ、またな。ドン。』

このとき初めて珞は俺をドンと呼んだ。
神崎の俺への接し方がその通称を連想させたらしい。

それから俺は少年課に連絡を取り珞と狛の情報を貰い
二人を俺の担当にしてもらった。

忙しい裏道担当にそんな暇は無いと上から説教を受けたが
二人が街の中を知り尽くしていること、情報をうまく入手していることを理由に
許しを得た。


あれから五年。
こんな事になるのなら仕事なんか紹介するんじゃなかったと後悔してももう遅い。
珞はいなくなってしまった。

珞の死亡を聞かされ辞表を出し飛び出した俺は仕事で何度も顔を合わせている奴らが集う場所に来ていた。
ここでなら何かしら情報を掴めるかも知れない。
何もできなかったが、せめて。

ドン『あの男を殺してやる。』
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