創作小説

□1/3 10話〜12話
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珞『腹減ったなぁ。そろそろ俺の飯用意してくれても良いんじゃねぇの?』

俺は涙目で冷蔵庫を漁っていた。
どこをみても調理せずに食べれそうなものはなく、冷蔵庫を開けたまま項垂れる。
窓から漏れる陽が月明かりに変わる時間。

起きてから何も口にしてない俺は空腹に耐えられそうもなかった。
よく考えてみれば此処にきて口にしたものはローストビーフの塊とハムだけ。
そろそろまともな飯が食いたいと思っているとキッチンの扉が開く。

白くて長いコック帽を持った男は俺をみて一瞬立ち止まったが
何事もなかったように中に入り食事の準備を始めた。

そうだ。この屋敷内の人間は俺の存在を無視する。
メイドも執事も。
コックでさえも。
空腹によるストレスなのか、俺を無視したコックに腹がたってきた。
立ち上がり近づくもコックは俺を見ようとしない。
それどころか俺を避け冷蔵庫に向かおうとした。

カチンとくれば止まらないのは俺の短所。
俺はコックの胸ぐらを掴み冷蔵庫に押し付けた。

珞『おい、何でここの奴らは俺を無視するんだ。』

コック『離せ。大声を出すぞ。』

珞『女に絡まれて助け呼ぶのか?自分で何とかしたらどうだ?』

コック『綾子様にしから・・あ。』

珞『綾子か。』

口を滑らせたコックは口を覆い崩れてく。
そんなコックから手を離し顎に手をあてて考えた。
うん、辻褄が合う。

俺の予想通りここはメイドだけでなく執事もコックも皆綾子に弱みを握られているんだろう。
だから皆俺を見ないし俺に飯もつくらない。

綾子という女を俺は少し舐めていたがここまでとなると後回しにできなくなる。
俺の食事も大事だが、何より権力で人を物のように扱う人間は好きじゃない。
勿論レイルを含めて。
見下ろせばコック帽を握り締め何かを必死に繰り返し呟いている。
顔から血の気は引き脂汗を流して涙目に。

珞『お前から聞いたなんて言わねぇよ。まぁ・・脅迫されてくれ。』

こうなればもう正攻法はない。
俺はコックの顎を掴みこう言った。

珞『お前等が綾子に命令されて俺を無視してるのは知ってる。
レイルに泣きつかれたくなかったら俺の質問に答えろ。』

こう言えば皆このコックと同じ顔をするだろうか。
安心したように俺を見つめ、その硬い口を開くだろうか。
綾子の恐れるものはレイルしかいない。
だから俺がレイルに泣きつくのは勘弁だろう。
そして此奴等は綾子にバレることを恐れる。
それに・・本当は助けを求めたいはずだ。

何かを必死に守る気持ちが分かる俺はこいつ等を救わなくちゃならない。
そんな気がした。

珞『とりあえず・・飯食わして?』








綾子『レイル様、部屋の移動は終わりましたわ。
それと夕食の準備が出来ていますのでリビングにお越し下さい。
勿論リック様の分も用意してあります。』

応接間で話していたリックとレイル。
二人は綾子を見つめた後、顔を見合わせ立ち上がる。
先に部屋を出たのはリックだった。
綾子は俯きレイルが部屋を出るのを待つがレイルは綾子の腕を引くと室内に連れ込み扉を閉めた。

リック『・・・ごゆっくり。』

リックの言葉は二人には届いていない。
レイルは綾子の顎を持ち見つめあった後口を開く。

レイル『お前俺に言いたい事があるんじゃないか?』

レイルの言葉に綾子は唇を噛んだ。
レイルの目が自分を見つめたのはいつぶりか。
珞が来てからのレイルの変わりように綾子は腹を立てずにはいられない。

綾子『あんまりですわ。私の気持ちを知っていながら珞にばかり。
それに・・この前の零様との会話を私聞いていました!
私や私の父を侮辱する言葉・・・。
今までもずっとそんな風に思われていましたの?!』

レイルの両腕を必死に掴み必死に思いを伝える綾子は目に涙をためていた。
何もかも思い通りになる日常の中で唯一手に入らないもの。
レイルの心。
どこに向いても構わなかった。
だからと言って自分が捨てられる事はなかったのだから。
五年間どれだけ他の女と寝てもその女の後処理を許される立場をくれたから。
少なくとも特別だったのに。
珞がきてからレイルは綾子を見なくなった。
綾子を呼ばなくなった。
他の女を抱くこともない・
ましてや零とレイルの部屋の間に珞を置くために今まで使っていた自室を珞に譲った。
その作業を綾子にさせて。
かつてこれだけの屈辱を受けたことはない。

捨てられるんじゃないかと心が震えた。

そんな綾子の必死な思いにレイルは口元を緩め
ゆっくりと綾子の唇に自分の唇を寄せた。そして。

レイル『珞に手を出すな。』

先ほどの言葉を肯定された方が良かった。
父や自分を侮辱してくれた方が良かった。
綾子の心が染まっていく。

愕然とし、絶望を悟った綾子を捨てるように払ったレイルは
振り返る事なく部屋を出て行く。
そんな綾子の脳裏に今までレイルに捨てられた女が浮かんでいく。

後処理を任された綾子が生き地獄を合わせ続けた女たち。
レイルに愛されたと思っていた女たちが流した涙。
今、綾子はその女たちと同じ場所に立ったのだ。

綾子『許せない、許せない・・・あの女ぁ!!!』








零『レイル、遅いよ。』

レイルがリビングの扉を開くと既にリックと零が席についていた。
レイルを待ってナイフとフォークを持っている零はレイルに早く座れと急かす。
リックは既に食べ始めていたがレイルの登場に一応手を止める。

レイル『珞はどうした。』

零『え?ここに呼んでるの?』

レイル『いや・・あいつ飯を食ってるのか?』

リック『・・どういう意味?』

席についたレイルはナイフとフォークを手にしたが中々食べ始めない。
それどころかリックの質問にレイルはナイフとフォークをおろした。

零『ねぇ、俺ずっと執事かメイドが珞に食事を与えていたと思ったんだけど。』

リック『それは無いんじゃない?綾子って女が絶対に許さないよ。』

上座に座るレイルを下座に座るリックが見つめる。

零『レイル・・珞に食事持っていった?』

その中間に座る零は右側にいるレイルを見たがレイルはため息をついただけ。

零『珞が此処に来て何日?』

リック『・・三日か四日あたりだと思うけど。』

零『まずいって!!』

リックの言葉に零は机を叩き立ち上がったが、その先の行動は探しに行こうとしていた人物である珞によって止められる。
いきなり大きな音をたてリビングの扉が開き珞が怒鳴る。

珞『ここかぁ?!』

全く違うテンションで現れた珞に三人は固まるが珞もまた失態をしてしまったと
動きを止める。

珞『め、飯の時間か。』

零『珞、ご飯食べてないんじゃ・・今つくら』

珞『うぇ・・い、今飯の話はよせ。気持ち悪くなる。』

零『へ?』

飛びついて来ると予想していた零は呆気にとられたが初めて珞が此処で夜を過ごしたときのことを思い出す。
そういえばローストビーフの塊とハムを持って寝ていた。

零『まさか冷蔵庫を漁ったの?』

珞『放っとけ!!と、とにかく急いでっから。』

レイル『何をそんなに急いでるんだ。』

零の質問に一言も答えなかったレイルは背後に立つ珞を見ずに口を開く。
それどころか食事を始めてしまったレイルに珞は口を抑えながら弱々しく答える。

珞『関係ねぇだろ・・う・・気持ち悪・・・トイレ・・・』

お腹を抑えゆっくりと立ち去った珞にレイルは少し微笑んだ。
そんなレイルを零は立ち惚けたまま見つめる。
そしてリックはそんな二人を疑わしそうに何も刺さっていないフォークを噛みながら見ていた。






しくじった。
リックにならまだしも零とレイルにまで見られてしまった。
それもこれも「あいつ」が逃げるから。

‐‐三十分前‐‐

コックに大量の料理を振舞われた俺はコックから聞いた情報を整理しながら次のターゲットを探していた。
コックからの情報は今まで集めていた情報とあまり変わらなかったが収穫もあった。
名前は神田綾子。21歳。16歳でこの屋敷に来て全員をまとめていった。
父親の権力をいかし執事やメイドにコック、レイルのボディガードの親族を人質に
決して綾子に逆らえない環境をつくりだしたらしい。
綾子の手にかかっていないものはおらず、メイドに関しては綾子に酷い拷問を受け
忠誠を誓っている奴もいるとか・・・。
取り敢えず今屋敷内にいるのはメイドが40人。
執事が20人。ボディガードが20人。
これは歴代のトップの中では少ない方らしい。

因みにコックは娘を人質にされているらしい。
母親はメイドの中にいるんだとか。
これだけの情報で一先ずは満足するか・・。
しかし、予想ではあるが全員がこのレベルの情報しか持っていない気がする。

コックから受け取ったボールペンを口にくわえメモ帳を見つめていると
一人の執事が俺の横を通り過ぎていった。
慌てて「待て」と声をかけた執事が振り返り俺はハッとした。

目の前で俺を見て微笑む執事。
こいつは見覚えがある。
俺がリックに無理矢理風呂に入らされた時に服とタオルを準備してくれた奴。

それに考えてみれば全ての執事が俺を無視しているのなら誰がリックに俺が麗子の部屋で寝ていることを教えたのか。

綾子の時のように俺を無理矢理追い出す事もできたはずなのに。

珞『お前・・・誰だ。』

コックが言うには今この屋敷内にいる奴らの中に綾子の手が回ってない奴はいない。
とすれば何故目の前にいるこの執事は俺に着替えを渡したのか。
俺に飯を食わせることを許さない綾子が風呂だけは許すか・・。
一人だけでもと俺の世話を許しているのか・・。
いや、ありえない。
徹底して俺を嫌う綾子がそんな優しさを見せたりはしないだろう。

俺が執事を睨むと執事は身を翻し走り去って行った。
突然の事に呆気にとられた俺はつい腕を伸ばしてしまったまま固まっていた。

珞『・・・・?!おい、何で逃げるんだよ!!』

その後その執事を追いかけた。
そして俺はレイルたちのいるリビングの扉を開けてしまった訳だった。
此処に来て三日。あの執事を見たのは今日が初めてだ。
ローテーションを組んでいると言われればそれまで。
若い執事はあいつ以外にも見かけた。だけど。
舞衣夢たちと逃げたあの時には確かにいなかった。

どういうつもりかは分からない。
俺に良くしてくれる理由も。
だけど。
逃げられたら追うのが人間の本能だ!!!
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