宇宙の病院船(妄想)


□〈12〉
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部屋の奥から当主夫人がさっと出て来て、窓の外のアドリーを一瞥すると、すぐさま扉を開け、扉の脇で壁に凭れて苦しげに目を閉じているハナンの前に膝をついた。アドリーが扉の方へ向かう間もないほどの素早さだった。


ライハーネはハナンを抱き上げた。


「重たかったでしょう…あなたもこちらへいらっしゃい」


夫人はアドリーに声をかけると、ハナンを抱えて室内に運び、休憩室のベッドに頭を低くして寝かせた。一緒に来るよう言われたことにアドリーは少しほっとして、ライハーネの後から休憩室に入った。アドリーは今ではライハーネとすっかり顔馴染みになっていた。連れて来た子供の容態を伝える以外は話したことこそなかったが、親身に子供たちの面倒をみている夫人の姿に、信頼感を抱くようになっていた。


(ハナンのことを、夫人に今はっきり話しておかなければ)


アドリーはまるで自分の義務のようにそう思った。


(前から知っていたのに、こんなことになるまで、自分には何もできなかったから。…もしかしたら、このひとなら、力になってくれるかもしれない。)


アドリーは、自分でも思いがけないほど、ライハーネを頼りにしていることに気づいた。両親すら、頼ることはすでに心のどこかで諦めてしまったというのに。


「あの…ハナンが倒れたのはお腹が空いていたせいなんです。今日だけじゃなく…いつも朝食を食べてないみたいなんです。」


ライハーネはハナンの額や頬に手を当て熱がないか確かめ、脈をとっていたが、アドリーの言葉を聞くと、彼の方へ向き直った。アドリーは一息に続けた。


「俺が聞いても何も言わないけど、昼に食事が出るまで、お腹が空いてるのをずっと我慢して働いているみたいなんです。…たぶん、毎日。」


ライハーネは黙ってアドリーの訴えを聞いていた。ライハーネを見上げていたアドリーは、彼女の表情に現れた変化に気づいて、ふと言葉を切った。それは、アドリーが周囲の大人達には見出だしたことの無い表情だった。憐れみとも、善良さに満ちた慈愛とも全く違うその表情を、どう受け取ったらよいのかわからずアドリーは戸惑った。
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