宇宙の病院船(妄想)


□〈12〉
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「わかったわ。教えてくれてありがとう。」


ライハーネは簡潔に返事をすると、通信端末で掛かり付けの医者を呼び、空腹が原因で倒れた子供がいること、手当てと共に栄養状態を診てほしいことを告げた。


ライハーネは、アドリーが沈黙した意味に気づいたのか気づかなかったのか、いつも彼が体調の悪い子を連れて来た時のように、見る者を安心させる微笑をして言った。


「ハナンが目覚めたら、何か食べる物を用意しておきましょう。明日からのことも考えます。」


ライハーネは冷やしたハーブティーをコップに注いで彼に差し出した。アドリーはコップを受け取った。喉はからからに渇いていたが、飲まなかった。もうひとつ、言わなければいけないことがあったから。


「ハナンだけじゃないんです。他にも朝食べられない子が何人もいるんです。食べてない子は、やっぱり具合が悪くなることが多いんです。…ハナンや他の子たちを、助けて下さいませんか。」


もう口籠ることもなく、アドリーは真っ直ぐに訴えた。
ライハーネの顔から微笑が消えた。


その時、二人の間に流れた沈黙を破って、医師が慌ただしく挨拶をして入って来た。慣れた様子でライハーネに軽く会釈すると、休憩室へ入って行った。


ライハーネはアドリーの方へ身体を屈めると、彼の肩を両手で包むようにして、その眼を見つめた。


「ええ…わかったわ。他の子たちのことも考えるわ。明日から…明日からね。」


アドリーの訴えに応えた、思いもかけないほど真剣なライハーネの眼差しに、彼は却って言葉を失った。引き込まれるようにただ彼女の眼を見つめ返していた。


「あなたは? お腹は空いてないの? 何か食べてから仕事に戻ったらどう?」
ライハーネは姿勢を戻すと再びアドリーを見下ろし、きびきびした口調で彼にたずねた。


「大丈夫です。」
アドリーは言葉少なに答えると、持ったままだったコップのハーブティーをはじめて飲み干し、ライハーネにコップを返して建物を出た。


仕事に戻って身体を動かしている間も、彼の中にライハーネの眼差しが消えずに残っているのを、アドリーは感じた。



     2015.6.4.

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