宇宙の病院船(妄想)


□VII
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ハーリスが見た映像は、欧米メディアではなく、中東の国ダハールのアル・マタルという国際放送だった。言論の自由が保証されたダハールでも、アル・マタルは特に独立性・中立性が強い。また衛星放送の他、ラジオや携帯サイトでの配信に力を入れ、テレビの普及していない貧困層や、若年層に広く浸透していた。ハーリスの故国でも、欧米メディアよりずっと信頼度の高いメディアだ。ニザームは朝のニュース番組で、顔を曝し、実名で、自らの密告を明らかにしていた。


「私の名は、ニザーム・ハサン。マフディ郡サフル村に住んでいる。2年前、息子の担任教師ロヤー・ジャファルを、治安警察に密告した。彼女は、夫で同じく教師のラシードと共に連行され、今も行方不明だ」


「その時9歳だった息子ミシュアルは、先生がなぜ失踪したのか、ずっと疑問を抱いていた。2年経ってその疑問を、先生が授業で教えた壁新聞にまとめた。昨夜11時半頃、その壁新聞をアンワル市内の元書店のショーウィンドウに貼り出そうとした。だが、治安部隊の兵士に見つかり、撃たれて、死んだ。息子は兵士から一度警告を受けていたらしい。剥がした新聞を、隙を見てもう一度貼ろうとして撃たれた様子だと聞いている」




「なぜ、息子の担任を密告したか…。私は怖かった。いくら当局が、授業に制限を加えても、自分の頭で考えろと言う教師が生徒を教え続ければ同じことだ。生徒は自分を取り巻く矛盾や理不尽さに気付いてしまうだろう。身を守るために、見て見ぬふりをして、黙っていることはできなくなるだろう。息子は自分達の先生を尊敬していた。先生の教えを、守ろうとしていた。そうした息子の言動が当局に目を付けられたら…」



「村の隣人の中には、些細なことから政権批判の疑いをかけられ、治安警察に連行されたまま帰って来なかった者もいる…。そんなことが息子や、自分達家族の身に起こったらと考えると、私は怖くて堪らなくなった」
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