宇宙の病院船(妄想)


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アドリー・ヘイダルは2272年、ザドキア南部のトゥーヴァーに農家の次男として父ホセインと母サナムの間に生まれた。兄弟は兄一人、弟と妹が一人ずつ。家が貧しかったため、両親は長兄のバシール一人のみ学校へ行かせようと決めた。兄が卒業して職を得るまでの家計を助けるため、彼は7歳から綿花農園へ働きに出された。この頃国軍の将校クラスはほとんどが世襲で、地主として綿花などの大規模な農園を経営する者が多かった。彼が雇われたのもこうした農園の一つだった。


地主である将校は、定期的に農園を視察にきた。子供達の働きぶりを見て、将来兵士として使えそうだと判断した者を、将校自らが費用を負担して学校に通わせ、軍に入るまで支援する慣行があった。それを目的に子供を農園にやる親も多かった。中でも成績優秀な者は士官学校へ進み、将来は自分を見出だした将校のいわば「子飼い」として、軍組織の中で一種の派閥を形成するのである。


働きはじめて1年ほど経った頃、アドリーは雇い主であるヤフヤ・イスハーク少将に認められた。学校へ行きたくないかと尋ねた少将に、彼は兄を学校に通わせなければならないからと、その場で断った。彼のきっぱりした態度に好感を持った将校は、このまま学業を諦めさせるのは惜しいと考え、兄弟二人の学費の負担することで両親を説得した。アドリーは学校に通えるようになった。1年遅れだったが、彼は必死で勉強して、半年ほどで本来の学年への進級を認められた。


同年齢の子供達に追い付いてからも、アドリーは勉学のペースを緩めなかった。学校には通い続けたかったが、家に入れる筈だった収入を入れていないということが、日々彼の心に食い込むような負担になっていた。彼は早く世の中に出て、働きたかった。アドリーはその思いに急き立てられるように勉強を続けた。彼は学校にいても、常に家計のこと、自分が家で果たす役割のことが心を占め、教室では寡黙で同級生達とあまり付き合おうとしなかった。


卒業も間近い頃、その日の授業が終わり皆が帰り支度をしている時に、ターヘルという名の男子生徒がアドリーの席に近付いて来て、突然耳打ちした。
「知っているか? お前が学費を出して貰っているヤフヤ・イスハーク少将は、軍の物資を納めてる商人から賄賂を受け取ってるって話だぞ」
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