宇宙の病院船(妄想)


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ダハール総合軍事学校に入学後、アドリーがジアー・マスウードの教えを受けた期間は短かった。マスウードは1年生の課程では軍事学の基礎の講義を受け持っていたが、4ヶ月ほど経った頃、急遽軍務への復帰が決まり、教壇を去ることになった。ダハールが電力支援を行っていた隣国クセルキスタンで反太陽光発電勢力によるテロが続発したため、両国の国境地帯に潜伏するテロリストの掃討作戦に参加することになったのである。


産油国でありながら早くから石油の輸出に依存しない国家経営を目指していたダハールは、太陽光発電計画への参加を計画初期の段階で決定した。企業誘致や人材交流(特に医療や製薬の分野に力を入れた)を通して、長年AEUと良好な関係を築いてきたこともあり、軌道エレベーター「ラ・トゥール」からの国内への送電網敷設を着々と進める一方、送電網完成までの電力供給のため、輸出が規制された石油を国内産業及び家庭向けのエネルギー源へと振り向けた。


他方、自力では太陽光発電のインフラを敷設できない貧しい非産油国は、今まで以上に困窮した。ザドキアも、そうした国の一つだった。元はダハールから石油を輸入していたザドキアは、輸出規制後はダハールから電力を買うことで辛うじて苦境を凌いでいた。


ダハールは、ザドキアと同様の事情を持ついくつかの近隣諸国に、積極的に売電とそのためのインフラ整備の支援をセットで行った。電力の価格は他の国家間での売買に比べて格安だった。ダハールは、エネルギー支援を通じて、これらの国々が太陽光発電への転換を受け入れ、貧困から脱却し国の再建を図るよう説得した。ダハールから被支援国へ敷設中の送電網は、将来太陽光発電に転換した際の送電にも使用することを想定した設計がなされていた。一国内での需要を賄うための火力発電は、太陽光発電への転換を条件として辛うじて国連での協定でも認められていた。ダハールは近隣の非産油国の窮乏を見過ごしにするのは人道に反するとして、国連と交渉の末、ザドキア他数ヵ国への電力供給を認めさせたのだった。


ダハールが巨額を投じてまでこうした施策をとったのは、売電による利益が目的というよりも、電力不足で窮地に立った国々が政情不安に陥り、紛争やテロなどの暴発を招けば、自国の安全をも揺るがしかねないという、強い危機感と安全保障の意識に基づくものだった。
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