宇宙の病院船(妄想)


□〈4〉
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レザーは、衝立でいくつかに仕切られた薄暗い室内で、ヘッドホンを付け、ディスプレイと向き合う幾人かの大人の影の間に、アギフの小さな影を見つけた。何気なく彼女が見ている画面に視線を移した彼は、はっと息を呑んだ。


その気配に気付いて振り向いた少女は、驚いて席を立ち逃げ出そうとした。すかさずレザーはアギフの手首と肩を捕まえた。
「僕だよ、レザーだ。騒ぐと他の人の邪魔になる。外で話そう」
レザーは彼自身精一杯落ち着こうとしながら、抑えた声でアギフに言った。彼女は観念したように、それ以上逃げようとはしなかった。


店を出てから、しばらく二人はお互いに黙って、表通りへ出る路地を歩いた。アギフが心持ちレザーの後ろを歩こうとするのに気付き、彼はアギフに歩調を合わせ、並んで歩いた。さっき目にした映画の一場面が、レザーには気掛かりだった。


「…どうしてあの映画を見ていたのか聞かせてくれないかな」
問い詰める口調にならないよう気をつけながらレザーはアギフに尋ねた。随分長い沈黙の後、アギフは目を伏せ、ぽつりと答えた。
「あの女のひと…あの職につかなければ、図書館に入って本を読むこともできなかったの。」


目撃した映画の場面と、アギフの母親の話したことが同時に蘇り、レザーはアギフの言葉の意味するものを悟って、胸を衝かれた。
「アギフ、君は学校に行きたくて、そんなことまで考えたの…?」
アギフは俯いて答えなかった。それきり彼女は家に着くまで、一言も話さなかった。


アギフの家が見える所まで来ると、両親が家の前に出て待っていた。アギフはレザーを見上げて言った。
「今日は迷惑をかけてごめんなさい。明日からいつも通り仕事が済んだらちゃんと帰ります。だから今日あなたが見たことは父さん達に言わないで下さい。」


レザーは少しアギフの方に頭を屈めた。
「…わかった。言わないよ。…でも、君の二番目の兄さんに相談していいかな」
アギフは強く首を振った。「アドリー兄さんは居所がわからないし、これ以上世話をかけたくないんです」
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