宇宙の病院船(妄想)


□〈7〉
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アギフは、まだ躊躇っていた。手の中に、アドリーから贈られた携帯がある。彼がサンクトペテルブルグへ立つ直前、彼女に「連絡用」として手渡されたものだ。


最初に兄の連絡先を確認した時、アドリーのメールアドレスの他にもう一件アドレスが登録されていた。宛先にレザーの名を見つけたアギフの頬に、さっと血が差し上った。それきり、彼女はそのアドレスを見ないようにした。


アギフは兄とは時折メールで近況を伝え合ったが、お互いにレザーのアドレスのことには一言も触れなかった。


アギフはレザーにも1年間一度も連絡をとらなかった。それでも、思い切ってアドレスを削除することはできずにいたのだった。


迷う気持ちを振り切ってレザーにメールを送信しようとした時、着信音が鳴った。画面に流れた名前を目にして、アギフははっとした。固い表情で、通話ボタンを押した。


「アギフかい?久しぶりだね。 突然にすまない。気になることがあって…アドリーから連絡はあったかい?」
少し急き込んだレザーの声に、アギフは息を呑んだ。
(もしかしたら同じ心配を)
そう思った彼女の口から、今まで抑えていた不安に満ちた言葉が、一気に押し出された。


「いいえ、帰国の期日を過ぎても、何の連絡もないんです。バシール兄さんが外務省を通じて問い合わせたのですけど、人革連からは事態を調査中であると返事があったきり、音沙汰が無くて…三日目にもう一度外務省に何とかして欲しいと訴えたのに、未だに人革連が返答しないと繰り返すばかりで」


「そうだったのか…僕は1ヶ月ほど前にメールを送ったんだが、その時の彼の返信では、最後のひと月、宇宙での訓練期間中は、外部との連絡は一切禁止されているという話だった。それきりこちらにも連絡がないし、ダハールの軍事大学にも問い合わせたが、人革連から帰る途中で彼が立ち寄って誰かに会った様子はないんだ。だから直接そちらに帰ったのかと思ったんだが…」


同じ頃アギフがアドリーから受け取ったメールの文面には、宇宙での訓練を終えたら帰国すること、その時改めて連絡することが、素っ気ないほど簡潔に記されていただけだった。
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