宇宙の病院船(妄想)


□〈9〉
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「夫を喪ったリディアは、息子の行方を突き止める方策を得るためサンクトペテルブルグへ来ました。内戦中の祖国にはもはや頼れる機関がなかったからです。」


「彼女は何らかの根拠があったのか、息子を拉致したのはロシア系の組織だと固く信じていたようです。当然ながらリディアは人革連の政府系機関を信用していませんでした。彼女はカザフスタン内戦を公正に報道することで定評のあったジャーナリスト、レオニード・クラーキンに事件の調査を依頼しました。しかし、調査を始めて約1ヶ月半後、クラーキンは何者かに殺害されたのです。その後彼女の言うことに耳を傾ける者は誰もいなくなったといいます。その後の3ヶ月半ほどは彼女がどこで何をしていたのか不明です。次に彼女が現れた時は既にマルク・ゲルツェンの傍にいました。…」


「マルク・ゲルツェンは人革連科学技術省で重職にあり、軍との共同研究に参画していました。研究の内容は極秘事項で、<ザフラー>も情報を得ることはできませんでした。…ただ…」
ナーセルの沈着な表情に影が射した。


「…殿下は2年前の<ファリス>の失踪をご記憶でしょうか」
「ああ…覚えている」
「あの時と、サーシャ・ゲルツェンのケースが、酷似しているのです」


ジアーの表情が、一瞬で険しくなった。


「リディアがロックして保存していたサーシャのメールの中に、全球の研究施設の科学者から、密かに内部告発の資料を持ち出してほしいと依頼されたという内容のものがありました。…<ファリス>の時と全く同じです」


<ファリス>とは、2年前人革連の軍事機密を調査中に消息を絶った、ダハール情報機関のエージェントのコードネームである。


「<ファリス>やサーシャを惹き付けた『内部告発』そのものが、罠だった可能性があります。あの研究機関を探ろうとする者を消すための…」
「アドリーはそれに巻き込まれたというのか」
「おそらく。同室だったことでサーシャの知る情報の一部でも知っている嫌疑がかかっている限り、無事に帰還するのは困難でしょう」
「<ファリス>の時は人革連が何の研究を行っているのかまだ全く掴めなかった。だが研究機関が子供の拉致に関わっているとすれば…」
「まず考えられるのは人体実験…強化人間の開発を目的としている可能性もあります」
ナーセルがジアーのあとの言葉を引き取った。
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