宇宙の病院船(妄想)
□〈10〉
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―君はここでも、地上の訓練でも、実に優秀だったと聞いている。精神の強さも相当なものだ。尋問の間の計測でも、心拍数や血圧、発汗に全く変化は見られない。その若さでほとんど完全に自分をコントロールできている。軍人として理想的な資質を備えていると言えよう。祖国へ帰ったら、さぞかし貢献できるだろう。そのためにこちらへ来たのだろう? 何故偶々同室だったサーシャ・ゲルツェンにそこまで義理立てするのかね? 彼についてどんな取るに足りないと思われることでもいい、事実を話してくれれば、それでこの件は全て終わるのだ。君は後腐れなく、自由の身だ。彼には祖国を売った疑いがかかっているのだよ。君が話してくれた事実で、本当に彼が祖国を売ったのか、もしそうなら誰に祖国を売ったのか手掛かりを掴めるかもしれないのだ。協力して貰えないかね?
―知らないことは、話しようがありません。
―そうかな?
尋問官の言葉に、アドリーは相手の眼を怖じずじっと見返した。
―人間の記憶というのは曖昧なものだ。確かに聞いたことでも忘れていたり、意識のどこかにしまい込んでいたりする。時には自分自身をごまかすことさえある…自分は何も知らないのだと信じ込ませてね。
尋問官はアドリーの視線を受け止めて離さず、まるで病を診断し治療する医師のように平静な口調で続けた。
―我々は、そうした忘れられた、隠された、ごまかされたものを、君の無意識から引き出す方法を持っている。君がどうしても話せないなら、そのテストを受けてから帰って貰うことになるのだがね。
―(自白剤か)
アドリーの脳裡を、サーシャのある瞬間の表情がかすめた。
―この方法は、最新のものでね。まだ実験段階だ。効果は言語を持つ人間でしか確かめられないからね。脳にかなり強力な作用を及ぼすので、黙秘はまず不可能だ。しかも使用によって将来脳にどんな影響が出るのか、今の段階ではまだわからない。…サーシャ・ゲルツェンにも同じことを言ったがね。彼はその直後に自殺した。我々にも発見できないように劇薬を身に帯びていたようだ。流石父親が科学技術省の重職だけはある。見事な覚悟と身の始末の付け方だよ。
(やはり、彼は守ろうとしたのか…あの女性を)
無表情の奥で、アドリーは思い起こしていた。