宇宙の病院船(妄想)


□〈12〉
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「もう一度尋ねる。サーシャ・ゲルツェンが、ここへ入る前、君に話したことを教えてくれたまえ。それだけで十分だ。君の嫌疑は晴れ、自由の身になれるだろう」


尋問官が口にしたサーシャの名が頭の中に響くと、アドリーの脳裏に、サーシャが近く継母になる人への『遺言』を口にした時の表情が反射的に浮かんだ。アドリーはそれすら直ちに打ち消そうとした。意識に上るものは、苛まれ続けているうちに、いつ口にしてしまうとも限らなかったから。


両手の爪が食い込むばかりに頭蓋を掴み苦悶し続けるアドリーの耳の底に、再び微かな声が蘇った。夢の中で聞いた、ライハーネ・イスハークの声。それもまた、彼を襲っている異常な知覚が聞かせるものなのか、彼にはわからなかった。アドリーは必死で耳を澄ませ、その声を聞き取ろうと集中した。


(昔もこんなふうにあのひとの声を聴こうとしたことがあった)


アドリーは一筋の繭糸を掴むように、激痛に引き裂かれ無数の断片になってしまいそうな記憶を繋ぎ合わせて、過去へと遡ろうとした。


(あの日、あのひとの声を聴いた日は、朝から熱があって、頭の芯が痛んだ。家族には言わず、朝食のパンを豆のスープで胃に流し込み、いつも通りイスハーク家の綿花農園へ向かった。夏の日差しが強く、頭はずきずきと痛み続け、暑い筈なのに寒気がして、次第に胸が悪くなった。)


アドリーは無惨な痛みで分断される思考を何とかして繋ごうと、意識してセンテンスを短く区切った。そうすることで脳に絶え間無く送り込まれる苦痛の波動に、言葉を乗せられないものか足掻くように試みた。彼個人の記憶から、更にザドキアの綿花の背景へと叙述を拡げていった。いつ終わるともしれない拷問より先に、彼の語るものが枯渇してしまったら、彼の負けなのである。
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