宇宙の病院船(妄想)


□〈14〉
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アドリーは即座に振り返ったが、父の方は見向きもせず、兄バシールに向かって言った。「兄さん、アギフとサーミフに俺の分を分けてやって。」
アドリーは再び背を向け、半ば駆け出すように家からイスハーク家の農園へと向かった。


アドリーが農園へ着いたのは普段より30分も早かった。いつものテントへ行けば、ライハーネがいて、朝食も食べられるとわかっていたが、先刻の父との言い合いでアドリーは食欲すら失っていた。ライハーネと顔を合わせるのも気が重かった。


すでに作業の準備をしていた監督のラザックの目に付かぬよう、アドリーは綿花の根元にしゃがみ込んで草引きを始めた。綿花は彼の年頃の子供が腰を落とすと、その頭を越すぐらいの丈に育っていた。これ以上丈が伸びて倒れやすくなるのを防ぎ、枝分かれを促して実を増やすための摘芯の時期を迎えていた。


「今朝はえらく早いじゃないか。どうした? 朝飯は食べたのか?」
頭上からの声に、アドリーは顔を上げた。ラザックが髭の中に白い歯を見せて笑うと、袖を捲り上げたアドリーの左腕を、何かを確かめるように右手で軽く掴んだ。
すぐにアドリーの腕を放すと、ラザックは左手に持っていた紙包みを差し出した。


「やはりその様子じゃ食べてないな… 身体に熱がない。ちゃんと飯を食って来りゃ、ここに着く頃にはもっと活気があるもんだ。そんなんじゃ暑さに負けちまうぞ。」
アドリーが受け取った紙包みはまだ温かかった。
「こんな季節だからな、早めに食べろよ。」
ラザックはそう言って立ち去った。


アドリーは紙包みをそっと開いた。中にはひよこ豆のコロッケをパセリや胡瓜、レタスと一緒に薄焼きパンで巻いたものが3個入っていた。ラザックは農園に入って来たアドリーを見て何事かを察し、ライハーネの作った朝食をテントから持って来てくれたのだろう。少し心がほどけて、アドリーはやっと空腹を感じた。手洗い場で土の汚れを落とすと、その場に座り込み、コロッケと野菜を巻いたパンを頬張った。


アドリーの母がつくるひよこ豆のコロッケは、主に玉ねぎとガーリックで風味をつけていたが、ライハーネのつくるそれは、更に数種類のスパイスを少量ずつ利かせ、複雑で繊細な下味が感じられた。アドリーはその味わいに、夫人の家の富裕さよりも、少しでも美味しいものをという彼女の心遣いを強く感じた。
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