勇者達の翌朝(旧書)

□金の針
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旧書「金の針」1の1

実験所の入口には、大きな人工水晶で作った心臓に、金の血管のついた、ややリアルなオブジェが飾ってあった。
魔法院の創設者ソクラトゥーン大師の、
「希求とは、心に刺さった、金の針のようなものである。」
との言葉による。

   ※※※※※※※

ラッシルからコーデラに戻る道、本来はゆっくり陸路でナンバスとヘイヤントを通過する予定だったが、クーベルから船に乗り、透いている海路から、混乱を避けて、王都の南東に回り込む事になった。
王都の南東にある、魔法院の実験・研究施設。王都の本部で出来ない、大掛かりな実験は、ここでやることになっていた。
騎士団は、団長自らが率いてきていた。ガディオス、アリョンシャ、クロイテスの姿も見える。
魔法官、神官も多数いる。カオスト公個人の親衛隊までいた。みな、実験場の建物を囲んでいた。
《カオスト公の護衛兼お抱え魔導師ベルセスが、突然、会議の席でカオスト公をさらい、人質に、魔法院の実験場に立てこもった。》
と聞いた時には、仰天した。ベルセスは、「小物」で、現実的な野心家であることを覗けば、害のない人物だったはずだ。
実験場の外では、皆、恐ろしいほど静かだった。
先程、ティリンス師自ら、後を追って実験場に入った、と聞いた。魔法官達は、カオスト親衛隊を覗く、全軍の気配を魔法で隠蔽している。親衛隊だけ隠さなかったのは、怪しまれないためだ。
「カオスト公を、人質に取っておいて、何の要求もしてこない、ですか?」
エスカーが団長に確認した。自分の師匠が危ないかもしれないのに、務めて冷静に振る舞っている。
「ああ。王都に残った副団長からの知らせだが、王宮にも、公爵家にも、なんの要求もない。魔法院に、『実験場を使わせて頂く。邪魔をするな。』とあっただけだ。」
「実験場には、ベルセスよりも強い魔導師が、何人もいます。邪魔をするなと言っても…」
その時、女性の魔法官が、エスカーを呼びながら、走ってきた。転送魔法で、中にいた人達が、ティリンス師とベルセス、カオスト公を除いて、全員、追い出されてきた、と言った。
「ミッセが、『師は、決着するまで、誰も近づけるな。』と、ヘドレンが、『あれは、ベルセスじゃない、強すぎる。』と。なんだか、まるで…」
女性魔法官は、言葉を区切った。彼女が来た方から、別の年輩の魔法官がやって来て、エスカーに詰め寄り、
「これはどういう事だ、ベルセスは、最近、悔い改めて魔法院に復帰したいというから、閣下も便宜を図ってやってたのに。」
と言った。エスカーは、一瞬、物凄く驚いたが、直ぐに表情を消した。初耳だったようだ。
「それは、今、ヴェンロイド師に言っても仕方ないでしょう。後で本人に聞くしかありません。」
とディニィが口添えした。いきり立つ男は、急におとなしくなった。
「ですが、近づかないわけには行きませんね。ティリンス師は、決着についてご決断されているようですが、魔導師の闘いで、人質の公爵の身柄をそのまま、というわけには行きませんし。」
とディニィが続けた。団長が、
「しかし、仮に一部隊だけでも、気配を消しながら、移動する、進むとなりますと、途中で悟られる可能性が増します。」
と答えた。さらにそこへ、別の魔法官が来て、
「早って転送魔法で中に戻ろうとした者が、弾かれた。」
と慌てて言った。早った魔法官には、早った魔法院の護衛兵二人がついて行ったが、二人は一度中に入り込んでから、慌てて徒歩で飛び出してきた。「魔法の弾丸が一斉に襲いかかってきた。」と言いながら。
「それじゃ、私が行きます。」
とエスカーが口を挟んだ。
「試してみないとわかりませんが、私なら、暗魔法の『魔法封じ』が使えますから、一時的に自分の魔法を封じれば、探知されないで済みます。」
「そうだな。じゃ、いくか。」
と、ルーミが、剣を抜いた。エスカーは、「僕一人で…」と言ったが、
「お前一人なんて、冗談じゃない。魔法が使えるようになるまでに、魔法弾で蜂の巣だろ。」
と、言われ、言葉に詰まる。俺は、一緒に行く、と言おうとしたが、言うだけ野暮な気がしたので、
「ここまで一緒にやって来たんだ。今さら、一人で、はないだろう。」
と言った。他の皆は、大きく頷いた。
ディニィだけ、暗黒魔法が効きにくかったが、ユッシの盾に魔法を掛けて、その背後に上手く隠れて進んだ。
暫く魔法が使えないが、飛んで来る魔法弾自体、武器で簡単に弾く、砕くで片付く代物だった。属性は様々だ。魔法封じの効果が薄れるにつれ、飛んでくる弾は増えた。そうして、実験場の最奥に到達するタイミングで、全員の(魔法に関係ないユッシとサヤンを除く)魔封じが溶けた。
「さすが、計算してたんだね。」
と、サヤンがエスカーを褒めた。
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