勇者達の翌朝(旧書・回想)

□女神像
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旧書「女神像」1の1(ホプラス)

二人のギルド生活を始めた、最初の夏。ナンバスの湾に浮かぶ島の、古代神殿のお祭りの夜の事だった。
盆地のヘイヤントにくらべ、海に面したナンバスは、涼しいはずだが、その年は、最初から最後まで、蒸し暑い夏だった。魔法力を利用した空調はあったが、気温はそうでもなく、湿度だけ高い場合は、最新型でないと、利きが悪い。借家に備え付けの物は、少し型落ちしたものだった。
火魔法使いのルーミは、からっとした暑さには強いが、蒸しっとした暑さは苦手で、
「ナンバスにくれば、少しは涼しいと思ったのに。」
と、毎日、愚痴をこぼしていた。
「ナンバスの人たちはエネルギッシュだからね。熱気があるんだろ。」
日帰りのクエストが終わり、ギルド本部から、数ブロック程度離れた、家に帰る。この当たりは、ギルドメンバー用の借家街なので、街の中心部にもかかわらず、静かで、治安も良かった。
顔を売る意味もあり、連日ハードスケジュールだったので、明日から五日ほど休むことにした。祭りを見に行こうかと思ったが、神殿の島は、今夜は男性のみ、女性のみだと入場できず(もともと夫婦和合と家庭円満の古代神なので。)、誘えるほど親しい女性の友人もいないので、今夜は大人しく帰宅する事にした。
「あ、一味唐辛子、切らしてたな。買ってくるから、先に戻ってろ。」
と、ルーミは、来た道を引き返した。ルーミは辛いものは苦手、僕も極端なのはだめだが、ヘイヤントで何年か過ごした者にとっては、名物の一味唐辛子は、欠かせない薬味だった。
僕は一足先に戻り、明かりをつける。冷たいお茶でも用意しておいてやるか、と思ったその時、
「ホプラス!来てくれ!」と、家の外から、ルーミの声がする。急いで剣を取り直し、外に出る。ルーミは、俺の手を掴んで、島に向かう観光船やボートの出ている港に向かった。
「確か、こっちに。」
「どうした。だれか、探しているのか。何があったんだ。」
ルーミの様子が、あまりに真剣だったので、指名手配の賞金首でも見つけたか、と思った。
「さっき、凄い美人に道を聞かれたんだ。お前も、ぜひ、見せなくちゃ。」
一度に、全身の力が抜けた。

   ※※※※※※※

「あれだよ、ヘイヤントの美術館の前庭にあった、『永遠の美の女神』像にそっくりでさ。」
探してる間、ルーミは、いかにその女性が美しかったかを語った。
あの女神像は、新進気鋭の芸術家ミケル・ラングルが、「古今東西、誰から見ても、美しい女性」の像にチャレンジしたもので、現実には存在しえない、究極の理想像だった。
半信半疑だが、そこまでいうなら、見たい気もする。
港で、知り合いの、観光船の乗り口の女性に尋ねると、
「あの美人なら、ゴルゴテスの末っ子が、つれていったわよ。」
と答えが返ってきた。
「彼女は、島に渡りたいんで、同行者が必要だったみたいだけど、定期船の観光客枠も、もうないし、ボートを借りるか、個人で出せる船のある船頭と交渉するかしか、ないね、と答えたら、脇にいたゴルゴテスの三男が、つてがあるからと、連れていったわ。三男なら大して害もないだろうから、ほっといたんだけど。あんたたちの、知り合いだったの?」
それを聴いて、僕も本気で探す気になった。
ゴルゴテス三兄弟は、三人で活動するギルドメンバーだが、腕が良いのは、元傭兵(コーデラではなく、南方のガトラ王国の槍部隊)の長男のジオだけで、次男のデオは少し火魔法が使えたが、女好きの優男で、仕事中に依頼人に手を出しては、よくトラブルになっていた。三男ガオは、まだ14で、他の二人と比べ、年が離れていて、容貌こそあどけなかったが、賭けでよくずるをするため、ナンバスの公共の賭場からは、閉め出されていた。
連れていったのは三男だが、その先には、次男がいる。
教えられた方には暗がりがあった。人影を見て、ルーミが明かりを出した。
光の中に、ルーミの行った通りの女神像が、立っていた。足元に、美に捕らえられ、倒れ伏した信者を従えて。
例の彫像は黒石で、髪がなかったが、この女神像は、アラバスター製で白く、髪は長く、真っ直ぐ、黒い。すらりとした脚、均整の取れた体つき。切れ長の目は、薄い色をしているようだ。
「お姉さん、これ、あんたが独りで、やっちまったの?」
ルーミが、彫像に話し掛けた。
「凄い、強いんだね。」
「…ルーミ、呑気に言ってないで、助けてくれ。」
長男が情けない声を出している。
「自業自得だろ。なんだよ、三人揃って。」
「俺は止めようと…。」
僕は、長男から、傷を回復してやった。今、喋れるのは、彼だけだった。
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