勇者達の翌朝(新書・回想)

□吸血鬼ブルーカ
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新書「吸血鬼ブルーカ」1の1(ラール)

ミルファが飛び出してから、グラナド達と帰ってくるまでの、暫くの間の事。古い友人のナスタから、「田舎住まいの従兄弟から、教育のために息子を預かっているのだが、この子が勉強嫌いで、まともに読書をさせるだけでも一苦労だ。」と相談された。だから、
「軽い読み物から薦めてみては。」
と助言してみた。
それで読み物を探しているうちに、家の本棚で、「ブルーカの子孫」という冒険小説を見つけた。確か全数十巻ある有名な小説だ。本嫌いな子はここでダメだろうと思ったが、うちで見つかったのは、独立した番外編の短編集が一冊きりだ。それほど厚さはない。中身を確認するため、最初の一話を読んでみた。

主人公の青年の補佐をする、古代の英雄の霊であるブルーカ(女性のような名だが、男性)は、実は吸血鬼なのだが、彼が吸血鬼になったきっかけの話だった。簡単な旅芸人の語りとして書かれていた。

《『不腐の恋』

昔、ある国、小さな国
とても立派な王がいた
敵に追われて逃げる時
田舎娘に匿われ
その優しさに感じ入り
無事助かった暁に
妻にすると約束した
誓いを違えぬ王様は
忠義な娘を妻にして
唯一無二の結婚を
高らかに神に宣誓した

王は敵を追い払い
暫く平和に暮らしたが
邪なる弟に
毒を盛られて殺された

王妃は弟の手を逃れ
息子の王子を騎士に託し
都を外れた寒い村
糸を紡いで暮らしてた
王の亡骸、村の墓
兄と偽り、埋葬した

ある時、騎士から便りが届き
「巻き返しの目処がつき
頼める貴族が見つかった
ですが彼の言うことには
『貴女が我の妻となり
王の宝を元手にし
王子を養子に出来るなら
我も王族に連なって
力になると誓います』」

家の中には何もなく
王妃は墓を掘り返し
形見の品を持ち出した

ひときわ立派な誓いの指輪
凍った王の手にあった
生涯一人を貫いた
愛の誓いの宝物

固く握られ抜き取れず
王妃はその手を切り取って
ローズマリーと鍋に入れ
煮立てて指輪を外すため

ところが王が現れて
昔の姿そのままに
手だけマントにつつみこみ
「死んで七年たったから
一晩だけ許された
香り高いローズマリー
出会った日にもこのスープ
他に何もなかったが
今一度、君の手料理を。」

されど煮立つは王の腕
手料理違いの鍋挟み
煮えたかな
まあだだよ
一触即発の夜明けまで

夜明けに鳥が鳴いた時
王は王妃に飛びかかかり
一滴残らず血を吸った

白いレースの襟飾り
外してベールのようにかけ
指輪を妻の指にはめ
自分の骨の手とりかえし
「血を啜る身になったのは
君が誓いを違えた咎
されどそのため力を得
我は再び王になる」

そして王は風になり
弟達を皆殺し
弟の騎士を皆殺し
うってかわって
民に過酷な政(まつりごと)

王子は自力で人集め
忠実な騎士と民衆を
率いて父を打ち倒す

昔、ある国、大きな国
とても残酷な王がいた。
息子に追われて最後まで
手放さなかった冠に
魔法の誓いで閉じ籠る

違えを許さぬその王は
誓いを守って幾年も
放たれる日を待っている

残酷なる吸血王
されどそれより残酷なのは
女心の様変わり

王妃は指輪を
王は力を
息子は王位を手に入れた

私には何も残らなかったけど。》

最後は、語りものの民話の決まり文句だ。ここで帽子を回して、金を集める。
少年向けの冒険小説だと思ったけど、なんだか身も蓋もない話ね。息子のためとは言え、あからさまに地位と財産目当ての結婚話に飛び付く王妃も王妃だが、それでも七年も墓守りをしてひっそり暮らしたあげく、死体の我が儘なんかで殺されてしまったのは同情する。
私には面白い寓意だけど、子供にはどうかしら。
だけど、この本が、ここにあるのはどうしてだろう。ミルファは、この手の本は読まない。私が買った覚えもない。最終ページをめくり、版と発行年月日を確認してみる。
その途端、思い出した。キーリに出会う前、まだコーデラでルーミとホプラスと、時々三人でクエストをこなしてた頃だ。何かで二日ほど足止めされた時、ルーミが、時間潰しに宿屋で読んでた。
《新刊があったから、久しぶりに買ったけど、まあまあだな。原点に帰ったってとこか。でも、やっぱり、最初の四冊辺りが、一番面白かったなあ。》
確か彼は、こう感想を述べていた。
彼は、ホプラスに読むか、と手渡した。ホプラスは、最初の一話を読み、
《前に、ラールが話してくれた、ラッシルの民話に似てるな。》
と、私に手渡した。私は本は開かず、翼の生えた、不気味な表情の男性が、山小屋見たいな場所で、金髪の女性の首筋に牙を立てようとしている表紙を見て、自分の話した民話を思い出し、その話をした。
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