勇者達の翌朝(新書・回想)

□真珠取りの恋
1ページ/3ページ

新書「真珠取りの恋」(ラール)1の1

夏が過ぎようとしていた。
ラッシルの夏はただでさえ短いが、今年は冷夏のため、あちこちで夏風邪を引いた、と愚痴が飛び交っていた。
夏風邪の次の話題は、皇都が「エカテリン」から、「アレクサンドラ」に改名になる、という噂が広まり(もちろん噂に過ぎなかったが。)、納めるために、特別委員会ができた事だった。
私も委員に選出されそうになったが、なんとか回避した。さすがにそこまで暇ではない。
だが、それを回避したために、冬の新オペラ座のこけら落としの企画を手伝わされる事になった。
現役ガードを退いてから、こういう役目が増えた。
昨日は劇場から、演目の一覧が送られてきた。オペラとバレエは、新作も上演するが、その原作小説が三冊送られてきた。
どの原作も、長いものはなかったので、一日で二冊読んだ。三冊とも、比較的新しい小説のようだ。
一冊目は昔のチューヤと北方民族の戦いを扱った、「シーア将軍」という歴史小説だった。本当は長大な物語だが、そのうちの「屯田兵の蜂起」の部分になる。この蜂起のあった地域は、現在はラッシル領だ。
見事に男性しか出てこない。これはバレエに選ばれていたが、どんなバレエになるのだろう。
二冊目は、「愛の水晶杯」というファンタジーだ。多神教の世界観で、愛の女神が、「二人で酒を注いで、ほぼ同時に飲めば、永遠の愛が芽生える」魔法の水晶杯を一対作って、人間に与えた。それが、人間界に多大な迷惑をかける。「諷刺小説」とも言える。
諷刺とは言え、一応、冒険もロマンもある。オペラ向きではある。ただ、主人公の剣士のニヒルな性格は、表現しにくいと思う。
最後は、南方を舞台にしたコーデラの冒険小説で、「真珠取りと海賊」とタイトルがついていた。どこかで聞いたような、と最初の数ページを読んだ時、郵便がきて、速達だと言われた。
ミルファからだった。
内容は速達にするほどでもない近況報告だった。
主にリンスクでの事を書いていた。大変な目に遭ったようだ。
シイスンに行く事になった、たぶん狩人族の土地を回る、公式な用事だが、グラナドも一緒だし、心配ない、とあった。暗殺未遂に関しては、あっさり書いてあるだけだった。
暗殺未遂の話も、シイスン行きの話も、女帝陛下から聞いていた。陛下は私より心配していた。私は、シイスン行きについては、十八歳未満の外国人を使うのに、事後承諾なのは引っ掛かったが、一人前だと思って同行させた以上、細かい心配はしていない。
シイスンは初めての土地ではないし、グラナドやラズーリ、ハバンロと言った頼もしい仲間達と一緒、それに、向こうにはサヤンもいる。
グラナドに関しては、「婚約者」として扱って良いか、と陛下に聴かれたが、私はそういう話は聞いていないし、確定した話ではない、と返答した。
グラナドは私にとっても家族のような物だ。だけど、ミルファが幸せになるには、身分が高すぎる。
私の母は、「身分の高い男性の、愛の言葉は信用してはいけない。」と言い残した。父がそういう面はいい加減な人だったから、と聞いている。それをミルファに押し付けるつもりはないが、先を考えると心配だった。昔から二人の様子を見てると、このまま、ずっと一緒にいるのが、自然に思えてしまうならだ。
私は、キーリの、穏やかな笑顔を思い浮かべた。結局は別れてしまったし、その事に後悔はないが、彼と共にした年月にも、後悔はなかった。
まあ細かいことはあるが、なんといっても、ミルファにとっては、今回、父親の故郷深くに、初めて脚を踏み入れる事になる。
さらに手紙には、新しい仲間の事もあった。
リンスクで再開したカッシーという女性(《ミステリアスで綺麗な人。意外と姉御肌。何でも出来るみたい。》)、暗魔法が使えるファイスという男性(《無口てクールだけど、意外に子供好きな所がある。もしかしたら、子供がいるかも。》)。元「潜称者」の姉弟。
《シェードは、ヴォツェク伯爵の真ん中の息子さんに、感じが似てる。グラナドは、ルミナトゥス陛下に似ていると思ってるようだけど、私は違うかな、と思った。濃い綺麗な緑色の目をしてるけど。ラズーリさんも、似てるとは言ってなかった。》
ヴォツェク伯爵の真ん中、「雪の貴公子」とあだ名がついてたわね。ということは、白っぽい金髪に色白で、すらっとした女顔の美形ね。雰囲気のほうなら、明るくて人懐こい感じの。
ミルファがシェードという彼に関心があるようなら、恋が始まってくれないかしら。
《レイーラさんは、ふわっとした、優しい人で、シェードとは血が繋がっていないけど、本当の弟のように思っている、と言っていた。でも、どうもシェードは、レイーラさんを好きみたいで…》
ああ、そういうこと。最初から対象外の出会い、というわけね。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ