勇者達の翌朝(旧書)

□金の針
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旧書「金の針」1の2

「ですが、中が静か過ぎますね。僕たちに気づいた気配もなく。」
とキーリが弓を構え直しながら、不思議そうに言った。
「ここは、特別な作りになっていて、振動と音はまず漏れません。」
とエスカーが答える。俺は何の気なしに、
「最近は何の実験を?」
と聞いてみた。
「予定では『無属性魔法』のはずですが、複合体の対策のために、中断してたと思います。疑似複合体実験が出来る設備は、ここしかないですから。」
それを聞いて、一瞬、何か引っ掛かりを感じたが、ルーミが、
「じゃ、行くぞ。」
と、俺に突入を促した。前衛は俺とルーミ、中衛はサヤンとラール。ユッシの盾でディニィとエスカーを守り、最後にキーリが着く。
ルーミと俺は、それぞれ、火の盾と水の盾を出した。攻撃魔法の中で、一番威力があるのは火魔法で、ベルセスは火の使い手だ。ティリンス師は、水と風を使う。余波で飛んでくる火魔法は火の盾、水魔法は水の盾で防ぐためだ。ティリンス師が風魔法を使っていたら、ルーミの盾で防げるか怪しいが(火の方が強いが、実力差があるため)、相手が火一本なら、攻撃は水を使っているだろう。
しかし、ベルセスとティリンス師では明らかに実力差があるはずだが、と疑念を持ちながら、扉を開いた。
信じられない光景があった。カオスト公が、ガラスボールのような物に入っている。
ボールの横には、明るいクリームイエローのマントの魔導師が倒れている。あの色は、カオスト公家の色だ。そして、黒いマントの老いた魔導師が、判別不明だが、巨大なエレメントの固まりを、ガラスボールにぶつけようとしていた。
取り合えず水の攻撃魔法の準備をしていたエスカーは、怯んだ。
「師匠!」
と叫ぶ。カオスト公が気づき、
「それは師じゃない!中身は…」
と大声を出した。ティリンス師は、カオストは放っておいて、俺達のほうに、ゆっくりと向き直った。
透かさず、ディニィが聖魔法を当てた。ティリンス師の身体は倒れた。
倒れた体の中から、気体が現れた。それは、三つの頭がくっついたような、妙な姿をしている。
俺は、彼等の顔を記憶に照合した。ベルセスはわかった。後の二人のうち、一人は何となく見覚えがあったが、もう一人はわからなかった。
「エパミノンダス!」
ディニィとエスカーが、同時に叫んだ。見覚えのある方が、反応した。
“腐っても鯛か。はたまた弟子がかわいいのか。奴は取り込めなかった。”
エスカーは呆然としていたが、ディニィが、続けてまた聖魔法を、今度は思いきり当てた。
三つのうち、一つ、ベルセスの物が縮んだ。
“やられおったか。これではベルセスの身体は使えん。”
“不利です。使える者を捜すにしても…このままでは…”
“仕方あるまい、一先ず仮に…おや?”
エパミノンダスの顔は、俺を見た。
“おや、お前は…”
気体の癖に、笑ったように見えた。
“そうか。そうだったか。それならば…”
砂もないのに、砂ぼこりが舞うように、気体は俺達の間をすり抜け、逃げ去った。
“始まりの地で待つ!”
エスカーがティリンス師に、ディニィが倒れているベルセスの体と、カオストのガラスボールに駆け寄った。
俺とルーミは、ティリンス師の方に行った。エスカーが師に何か言って、師が、
「この年で、なお貪欲に知りたいという欲求に勝てなかった。」
と言うのが聞こえた。
「それじゃ、あれは、エパミノンダスなんですか?」
「ああ、そして同時に、マイディウスであり、ベルセスでもあった。私は、ベルセスが『改心』と引き換えに提供した、エパミノンダスの研究の記録を『見た』。だが、彼の、いや、彼らの目的は、私を取り込んで、さらに『進化』する事だった。」
二人の会話を聞いて、ルーミが、
「人間同士の複合体?」
と小声で言った。傍らの俺に言ったつもりだったようだが、ティリンス師が答えてしまう。
「そうとも言える。『精神』同士をどんどん合体させていく事で、より高い魔法力を得て、得意属性を増やし、強化するのが基本理念だが、人間同士のため、相性があり、同化の度合もまちまちで、完全に一つにはならないようだ。」
ラールがこちらにやって来て、カオストは無事で、ティリンス師が実験見学用のシェルターに突っ込んでくれたせいでほぼ無傷だが、左腕と右足を少し捻っている、と言った。
「エスカー、ティリンス師も治療を。」
ラールに促され、質問攻めだったエスカーは、ディニィに師を見せた。
俺は、愕然としていた。エパミノンダスのやったことは、俺達の「融合」に近い、いや、不完全ではあるが、「融合」ではないか。それは、この世界に限らず、バランスの球体によって計られ、計画者によって管理される各ワールドには、存在しないはずの力だ。言わばオーバーテクノロジーだ。
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