勇者達の翌朝(旧書・回想)

□風の通い路
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旧書「風の稜線」1の1(エスカー)

風の複合体になった人物は、南方出身の元・魔導師で、シレリア・バレンシャといった。僕は面識はないが、師匠は知っていた。
南方のアレガ山脈の、難関の北壁の登山口の街として有名な、アレガノズの西に、「西の村」と呼ばれている、小さな村がある。アレガノズに出す肉や野菜を作っていて、近くには北壁の末端に当たる、面白い地形などもあり、やや変則にはなるが、なだらかな西側ルートにも入れる道があるが、基本は小さな農村である。
この村には医者はなく、教会の下級聖職者が、水の回復魔法を使えるため、長らく医師を兼任していた。しかし、彼は高齢で、跡継ぎの一人息子は、冬のアレガ北壁に挑戦し、早死にしていた。シレリアは、その娘にあたる。
医師になるために、アレガノズの学校に行ったが、風魔法の資質に優れていることがわかり、三年だけ、ヘイヤントとナンバスの魔法院で、回復魔法と医学を学んだ。攻撃魔法も学べば、王都への推薦があるのに、と惜しまれたが、彼女の希望は、あくまでも医師だったので、魔法医師の資格を取ると、故郷に帰った。医学生としてはとても優秀で、人よりかなり短い時間の勉強で、医師の資格をとった、という。
その時、魔法医師ではない普通の医師で、地方勤務を希望していた青年が、彼女について行った。恋人だったようだ。彼については、当時の情報が殆どなかったが、ネイト・マルンという名前は解った。シレリアに着いては行ったが、今は、アレガノズのイゼンジャ家の婿になり、妻の実家の財産で、近隣の無医村に医師を招き、病院を立てている、という、近況ははっきりしている。
なんだか泥沼の予感がしたが、シレリアは、その結婚の一年前に、隣接地域の、遭難した登山者の救出隊に加わり、「死亡」していた。冬に、季節外れの風のモンスターに襲われ、救出隊も数人が深い谷底に落下したが、彼女も、そのうちの一人だった。
その彼女が、今年の春先、行方不明になった場所の、近くの山で、登山者に目撃された。正確に言うと、何人かの登山者が、白髪の若い女が、浮かぶように山を歩いていた、と言っただけだったが、彼女の髪は白に近い銀髪だったため、アレガノズに伝わる頃には、すっかり、シレリアの魂が迷っている、という話になった。
これだけなら、山によくある錯覚話だが、その地域で増幅した風のエレメントが探索にひっかかり、調査の結果、複合体のものと判断した。
今度は善良な女性ということで、なんとなく躊躇われたが、そうは言ってられない。
宿主となったシレリアは、転々としながら、徐々に山奥へと移動している。エレメントの流れでわかった。一体は冬は殆ど閉鎖(冬に挑戦したがる、プロの登山家はいた。)なので、秋、できれば初秋のうちに何とかしたい。冬がおわり春になり、風のエレメントの増幅期なんかになれば、難易度が増してしまう。
師匠は、
「あの紳士・淑女が、手を緩めないように、お前がしっかりしろよ、エスカー。」
と、丸投げな励ましをくれた。
色々整えて、現地に着いた時には、初秋は終わっていた。
兄さんとホプラスさんは、場所を聞いた時は、何故かそわそわして落ち着かなかった。宿主の性質を考慮して、躊躇しているのだと思ったが、具体的な街の名を聞いた時は、二人揃ってほっとしていた。キーシェインズの例があるので、ちょっと追及してみると、仕事でこの地域に来たことがある、と、言い、
「聞いた後で、白い目で見るなよ。」
と変な前置きで話しはじめた。
「別件でパーティ組んでさ、一仕事して、宿で打ち上げしてたら、山の村から、女の子が降りてきて、『しきたりを悪用する人がいて、姉が恋人との仲を引き裂かれる。助けて。』と言われた。
その子のお姉さんには二人の求婚者がいて、一人は恋人、一人は違った。しきたり通り、山神の祠に、それぞれと行ったんだけど、違う奴と行った時に『山鳴り』があって、恋人と行った時には何もなかった。儀式は形式的なもので、鳴ろうが鳴るまいが、本当は関係ないが、鳴ったほうが、自分が正当な相手だと言い張って、村の古老を味方につけている、と言っていた。
正直、普通ならギルドで引き受けるタイプの依頼じゃないが、ホプラスが、『助けよう』と言うもんだから。」
依頼者の娘の話では、祠で特定の場所に立つと、『山鳴り』が起こるようになっているが、先に行った奴は、自分達が鳴らした後、空気の通り道を、悪い友達に頼んで、塞いだに違いない、という。
その時のパーティは四人で、もう一組は、若い夫婦者だった。兄さんが考えたのが、まず、夫婦者のメンバーに、結婚前の恋人同士を装って、挑戦してもらう。兄さんたちは、彼らの従者ということにして、『身分のある人のお忍び』を装う。
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