勇者達の翌朝(新書・回想)

□林檎の木の下で
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新書「林檎の木の下で」(エスカー)1の2

途端に、エンデミアが、わめき出した。外国語のようだった。グストーンが泣き出した。ランシーヌが、子供を夫に渡し、彼女を宥め、隣の部屋に連れていった。
「まったく…。後で、『財産分けは、不自由のない程度に、きちんとする。』と言っておやり。」
祖母は吐き捨てるように言った。そして、僕に向かい、
「今日から、お前は、ヴェンロイドだ。『アプフェロルド』を名乗りなさい。」
と冷たく言った。
こうして、僕は、「パン屋のエスカー」から「教会のエスカー」を経て、「アプフェロルド・オ・ル・ヴェンロイド」になった。

四人兄弟の長男で、先代の男爵である、アプフェイルズ伯父は、子供がいないまま死んだ。
「弟達の子供のうち、正式に結婚した女性との間に産まれた男子に、跡を継がせる。」
と遺言を残して。順番からしたら、ミヘイル伯父に行くのが普通だが、先代は、弟三人を、
「ヴェンロイドの跡継ぎには不適格」
と考えていたようだ。
ミヘイル伯父には、アプフェイルズ伯父の死の直後に、正妻との間に、産まれた娘・メッサが一人。状況から判断して、遺言は、この子が男子であることを、期待したのだと思う。ランシーヌ伯母は、極端に痩せて小柄な人で、メッサを産む前も、産んだ後も、医師の監督が欠かせなかった。幸い、メッサは丈夫に育ったが、伯母は、僕が来てから二年後、二人目を妊娠中に亡くなった。伯父は再婚はしなかった。
三男のルドレフ伯父には、僕より二歳上の息子・グスティがいたが、こちらの伯父は、当時はエンデミア夫人とは、正式に結婚してはいなかった。収穫期に雇った季節労働者の娘で、このため、先代も祖母も、ずっと結婚に反対していた、と聞いている。しかし、実際に結婚を渋っていたのは、どうやらルドレフ伯父のようだった。彼は、貴族の婚約者がいたのだが、エンデミアが妊娠したため騒ぎになり、ついでに、その他にも色々とばれて、解消されていた。さすがにそれでは、直ぐにエンデミアと結婚、という訳にはいかなかったろうが、息子が産まれてしばらく、もう正式に結婚しては、と先代が薦めた時に、ルドレフ伯父は断った。祖母が反対したから、とグスティには説明したらしいが、その祖母は、最終的には異議は唱えていなかった。
そして、結婚後、さらに二人の子供が産まれたが、女の子だった。リンディニア、パルミアナと名付けられた。その時期、ルドレフ伯父が、都会に別の女性に家を買っていたのがばれたため、エンデミアは、娘二人を連れて、実家に帰った。実家はすでに季節労働者ではなく、彼女の兄は、採取部門の班長になっていたが、目と鼻の先に住むのもどうかというので、愛人のために買った家に引っ越した。離婚はしなかったが、以降、ヴェンロイド領には姿を見せなかった。息子のグスティは、会うときは、年に何回か、母の所まで出向いた。
彼女達とは、経済的な援助以外の縁は、ほぼ無くなったと言ってもよい。
メッサとグスティの面倒は、ランシーヌ伯母の家庭教師だった、フィッツ夫人という、年配の女性と、ガルシアの妻のルドカ、メイド長のロミーなど、祖母の選んだ女性達が見た。
父は、長兄の結婚が決まった年に家出をして、あちこち旅をしていた。騎士には遠く及ばないが、旅に不自由しない程度には、片手剣と土魔法が使えた。
ラズーパーリで、寡婦だった母と出会い、結婚した。結婚証明書の名前は「リヒャルス・ヴェンロイド」となっていた。貴族であることは隠していたらしいが、余所者が富裕な(当時は)商家の未亡人と結婚、ということで、教会はサインの他、念のため、両手の「手形印」も取っていた。このため、署名が「リヒャルス・オ・ル・ヴェンロイド」でなくても、正式な結婚と証明出来た。
コーデラの貴族には、公爵家(王家の血筋の貴族)と伯爵家(王家から爵位と領地を与えられた貴族)の他、男爵家(王家から爵位は与えられたが、領土は私有地)がある。ヴェンロイド家は男爵家にあたる。
原則、爵位は正妻との間の子であれば、誰に継がせても良いが、だいたいは長子から優先される。男女の区別はないが、地方の貴族では、男子優先の慣習がある場合も多い。
ただ、私有地や私有財産に関しては、認知していれば、正妻の子で無くても権利があり、していなくても配慮はされる。遺族の法定遺留分はあるが、遺贈も基本は自由だ。
ヴェンロイド男爵家は、旧い家柄で、莫大な財産と、広大な領土を持つ名門貴族だった。だが、土地は王家から与えられたものではなく、議会に参加する権利もないので、分類としては「地方貴族」になる。地方貴族は、中央の大貴族より保守的と、言われるが、ヴェンロイドの伝統もそうだった。
ミヘイル伯父が言った通り、法律上は、次男の正妻の娘であるメッサには、爵位に関する権利があった。
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