勇者達の翌朝(新書・回想)

□凍った波打ち
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新書「凍った波打ち」1の2(ヒナギ)

ミラの死は、表向きには、結婚を控えた女性に有りがちの「浮かれ」から、夜に散歩に出て、間違って森に入って、野犬に襲われた、ということになった。
そして、裏向きも変わった。
ツチメは、首を吊ってしまった。読み書きは出来ないので、遺書らしき物はなかった。ミナギは、二重の衝撃で、一時、脱け殻のようになった。
ミツネ様とキラは、彼が正気に戻るまで、何くれとなく面倒を見たが、俺は、顔を見て、殺したい衝動を感じなくなるまでに、だいぶかかった。同じ母から産まれた姉が、無惨に死んでしまったのだ。原因を作った者に、親切になんて、無理だろう。
俺はツチメの葬儀には出なかった。ミラの葬儀には出たが、ツチメのは無視して、イソラ様の元に戻った。さんざん好きにやらかして、死んで放り出したツチメは、ミナギより許せなかったからだ。
無邪気で素直なイソラ様は、俺の傷を癒してくれた。そし俺は、たまにしか、自宅の屋敷に帰らなくなっていた。

そして、二年後、シラハ様が亡くなった。

「イソラ」は、「海の神」から取った名前だが、「五十」を示す言葉も、同じ発音だった。本来なら「五十代目」を意識してつけられた名前だった。だが、イワシメ様が亡くなったので、次のヒミカはイソラ様ということになれば、49代目のヒミカになる筈だった。
だが、即位したのは、妹のトヨカ様だった。
ヒミカになるには、「神通力」、つまり、先祖霊、善霊の声を聞き、災厄を避ける力が必要だった。シラハ様は、特に優れた方だったが、晩年は伏せ勝ちで、預言の儀式も間遠になっていた。
亡くなったイワシメ様は、あまりお力が強くなかった、と言われている。その事と、いわゆる「シャーマニズム」の政治に疑問を唱える空気があり、このため、次代のヒミカには、政治的戦略から、より強い力を求められていた。
だが、イソラ様には、そのお力が無かった。
幼児のころは、お持ちだったようだが、十歳になるまでには、無いことがはっきりしていた。反対に、トヨカ様は、幼い頃から、強い力をお持ちだった。先に述べたシャーマニズムからの脱却のため、年功序列でイソラ様に、という話もあったが、力を持っている姉妹がいるなら、ヒミカはそちらに、ということになった。
イソラ様は、都を離れ、母方の実家の領地の、海辺の町の別荘に移る事になった。都を離れる必要はなかったが、トヨカ様は、姉のイソラ様を飛び越してヒミカになったのが嬉しくてたまらず、何かと自慢してくるので、顔を会わせたくなかったのだと思う。まだお互い少女の身だったのだから、無理はない。
イソラ様の護衛は、たくさんいたが、お力が無いことがわかり、次はトヨカ様、と、話が出た時から、少しづつ減り始めた。かといって、辞任してその足でトヨカ様に仕えるような真似をする者は居なかったが、即位まで待ち、増員される護衛隊に志願することは出来る。
イソラ様が都を出る時、着いていくと言ったのは、俺を含めて三人だけだった。豪族の子は俺だけで、後の二人は、その別荘地の漁民出身の者だった。
父に決心を話した夜、反対されると思ったが、
「そうか。」
と言われただけだった。臣下としては、正しい道と思っていたようだが、実際に息子にその道を選ばれると、複雑なものだろう。
ミツネ様は、キラと俺が結婚して――ヒミカ国では、異母姉妹であれば結婚出来たからだが――家を継いで欲しかったようだ。
だが、兄妹婚は、弊害も言われていて、当時は流行らなかった。俺とキラの間にも、そういう感情は無かった。彼女達は、泣いたが、最後は笑顔で送り出してくれた。有り難かった。
ミナギとは、出発の時に簡単に挨拶をした。もう強い感情は失せていた。
俺は、傷ついた十歳のイソラ様に付き添い、海辺の町に向かった。

それから、穏やかな日々が続いた。俺と一緒に来た二人、テノとアシノは、元々地元民だった。彼等の両親を始めとして、地元の人々はイソラ様に親切だった。
イソラ様は、最初のうちこそ、泣き暮らしていたが、だんだん笑顔を取り戻してくれた。
新年にはイソラ様は、俺と一緒に都に参上した。俺は、実家に顔は出したが、泊まらず、王宮でイソラ様に与えられた宿舎の、控えの間で過ごした。ミナギの事ではなく、イソラ様をお一人にしたくなかったからだ。

俺が十八の時に、キラが結婚した。式は新年に上げた。
「お兄様にも参加して欲しかったから。」
と言ったので、
「お前の結婚式くらい、いつ上げても、帰るよ。」
と答えはしたが、内心、後ろめたさを感じた。
キラの婿は、ヤシロト様の父方の従姉妹の次男だった。ヤシロト様は、聡い方だったので、ミラがなぜ死んだか、感づいていたようだ。年齢が近く、キラと気が合う事を第一に、「吟味」してくれたようだ。
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