勇者達の翌朝(新書・回想)

□舞台裏の踊り子
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新書「舞台裏の踊り子」1の2(五位夫人)

リャンナのお嫁入りの時は、新郎の「競争相手」だった人達が大騒ぎし、都の話題になりました。だから、相手が「最初の妻は死んだ。」「正妻にする。」と言っていたのを、何人もの人が聞いています。
ですが、相手は高官、サンナの夫からも「騒がないでくれ」と頼まれて、私達にはどうにも出来ませんでした。
そしてもっと悪い事に、その次の冬、イーナが、病気で死んでしまったのです。
もともとイーナは、具合が悪くても歌おうとしますので、体調には周囲の者が気を付けていたのですが、風邪すら引いた様子もなく、なのに、いきなり倒れ、死んでしまいました。医師は、イーナのように、極めてふくよかな体型をしていると、一定の年齢になると、こういう事がある、と言いました。
イーナは、貧しい時代に産まれた、ただ一人の子で、すぐ下のリャンナとも、かなり年が離れていました。ですが、そういう病になるほどの年ではありませんでした。
イーナを失った劇場は、お客様が半分になりました。若手も育てていたのですが、うちには優れたイーナがいるため、才能のある子ほど、他所の劇場に行ってしまいます。男性の歌手には、良い者もいましたが、シーチューヤの歌劇は、女性歌手中心です。
父も母も、落ち込み、劇場を畳もう、土地を売ろう、とまで考えました。
ですが、私は反対しました。イーナは居なくなってしまいましたが、まだまだお客様は来てくれます。演目を工夫して、歌手を集め、やるだけの事はやりましょう、と。
それに、リャンナの夫が、イーナが病死したとたん、あの家の娘は早死にする、といい始めた、と噂に聞きました。スーナに娘が産まれたばかり、これで引き下がっては、将来に触ります。
私は、コーデラやラッシルの歌劇で、まだ上演されていないものを翻訳し、女性歌手の出番を増やしたりなどして、新しい物を取り入れました。舞踊だけの作品も、歌になりそうな物は歌詞をつけてしまいました。
それが当たり、劇場は持ち直しました。

そして、信じられない事が起こりました。

皇帝陛下が、お忍びでおいでになる、というのです。
当然、私達は、大慌てです。
まず、陛下に失礼のない演目を選ばなくてはなりません。シーチューヤはソウエンに比べてその当たりは自由ですが、こういった芸は、上の方々を諷刺する描写が、大なり小なり入っているものです。さらに、陛下は、当時の五位様を亡くされたばかりです。お悲しみを増すようなお話は避けなくてはなりません。
考えた末、「太陽の娘」という演目を選びました。古い作品で、元は悲劇でしたが、後でコーデラで再編されて、最後がめでたしめでたしに変わった物です。
「太陽の娘」と呼ばれる美しい姫ディナが、自分の護衛の青年ルーシスと恋に落ちて、屋敷を抜け出し、森で暮らします。ルーシスは実は姫の婚約者で、産まれた時に親が決めた縁なので、姫は彼の顔は知りませんでした。彼は隣の領主の跡取り息子でしたが、姫の父の部下に邪な人がいて、自分の息子オータンドと姫を結婚させるために、ルーシスの父を暗殺していました。ルーシスは逃げ出し、真相を探るために、名前を変えて潜んでいましたが、姫のそば近く仕えるうちに、復讐は忘れて、姫と逃げ出し、ひっそり暮らしたいと考えるようになりました。
森番の妻がルーシスに横恋慕したり、追いかけてきたオータンドが嘘をついて姫を騙そうとしたり、色々ありますが、最後は二人の恋人同士は幸せになります。
これは、イーナがいる頃に、一度、上演しようとした事がありますが、ディナ役は、歌が簡単過ぎるからと、姉が嫌がったので、結局は上演しませんでした。
初上演になりますが、当時のうちの看板歌手は夫婦物で、こういった恋愛物は得意でした。森番の妻役と、オータンドにも、ちょうど良い歌手がいました。
この舞台は大成功でした。
陛下には、舞台の後で、お言葉を戴きました。
実は、陛下はイーナの歌を聞きに、何度かいらした事があるそうです。これは父も知りませんでした。今回に限ってお知らせの上だった理由は、私などにはわかりません。
陛下は、何故か、イーナが居なくなった後の劇場状態の話と、リャンナの悲劇に関して、詳しくご存じでした。
私には、大変な事情の中、劇場を建て直したそうだが、どのような物か、と、お聞きになりました。私は、こんな高貴な方と、直接お話しした事がなかったので、緊張しておりましたが、なんとかご説明いたしました。
その数日後、皇后陛下からの御使いが見えました。私を後宮の会計係りに、というお話しでした。ゆくゆくは、皇帝陛下のお側に仕える事になる、と添えられて。
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